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優しさあればやらなきゃならないことは自然とできる

海岸段丘から見る大海原はクリアなコバルトブルーで、子供の頃のように無邪気に綺麗な海へ飛び込みたいと思う。 海底の魚たちは、集団で泳いでいる。 天敵のいない水中で、仲間同士がバラバラにならず優雅に泳ぎ、水面に散りばめられた宝石のような太陽の反射が、更に情緒を育てくれるのだろう。 かりゆしの白浜にそっと埋めた宝石は、引き潮と共に大海原に帰って行く。 ブーゲンビリアの丘で、 "To Love You More"を口遊み、思いを信じて頑張ろうと将来像を描いた。 物語りを書いていれば「琴絵ちゃん、手伝って。」と母が呼び、食事の用意をしたり洗濯をしたりと家事を手伝った。 母は、勉強しなさいとはあまり言わなかったが、「本をたくさん読みなさい。」と、本棚一杯に童話や著名人の本を揃えてくれていた。 多読賞をもらった姉を褒め「琴絵ちゃんも本を読みなさいと。」と何度か言われるうちに、本棚に並べられた本たちが嫌になっていた。 だけど、"もちもちの木"のお話しは、何度も読み返したのを覚えている。 臆病で弱虫の5才の男の子が主人公。 夜が怖い豆太は、ひとりでトイレにも行けなかったが、おじいさんがピンチになって、夜の山へ出て、無我夢中でお医者様を呼びに行く、勇気ある男の子へと変わっていくお話しです。 怖がりの弱虫であれ、優しい心があれば良いと、おじいさんは豆太を褒めているのです。 振り返ればそんな学童期から、携わる人が笑顔になるシナリオ作りは始まっていたのでした。

女泣かせの男とお色気が経済効果な女の内緒話し

「いつもお世話になります。 プレートスクリューお待ちしました。 当日は立ち会いは出来ませんが、何かあれば連絡下さい。」 なんて、中材の窓口でのやり取りは日常だった。 立ち会いの日、オペの合間の時間に私語も憚らず、家族の話しもした。 さすが、成績の良い営業マンのトークは惹かれるものがあり、ナース達の人気者。 「僕ね、両親の勧めもあって早くに結婚して、子供も出来て、遊ぶ時間がなかったから、これから看護師さん達と…。」 「???。奥さん、お子さん小さいから大変ですよ。早く帰って一緒にごはん食べてくださいね。」 そんな定形文の会話をしたな。 薬や衛生材料、医療機器と、中材の窓口にはプロパー対応業務もついてまわる。 上長から「ワークショップあるからな」とか「弁当付き説明会あるからな」とか「祇園で接待やからな」とか、プロパーの営業に付き合うのも仕事だと思っていた。 病院には多数の業者が入っている。 自社の商品を使ってもらう為には、診察が終える医師を気長に待つ事や、看護師と仲良くするのが鉄則で当然。 「小児科の〇〇先生、最近、やたら、〇〇製薬会社の薬ばかり処方するよね。」 「だって、プロパーのお姉さんと仲良しだもん。私達にキャラクター配って営業頑張ってるわよ。」 なんて、業界の内緒話しは尽きない。 そんな業務もスキルアップとなりました。

夢ならいいのに

「髄内釘のプレゼンはいつにするかな。ジンマーも営業入ってるしな、京セラは今のところ大丈夫そうやけど、ごめん電話『夕飯、ステーキだよ、パパ…』だって。」 ラブラブ♡早く帰らなきゃね、今日はワークショップありがとうございました。 次の人工骨頭のオペ、大丈夫そう、立ち会いしてくれるの? 「勿論、そう、病理の参考書、貸してもらえる?」 救急や手術を担当してると、毎日新しい業務の連続で、仕事が終わってから、明日の仕事の予習をするのは当然でした。 脳外科のドクターが、明日のオペが長丁場になるから、ぐっすり休む為に睡眠導入剤を飲んで休むと教えてくれました。 外科のドクターが、お酒を飲んでも仕事をするのは当たり前と教えてくれました。 オペナースの先輩が、二日酔いで仕事が疎かになるなら飲むなと教えてくれました。 精神科のドクターが、患者さんの話しを聞き過ぎて疲れたら、安定剤を飲んで気持ちを楽にすると教えてくれました。 ナースを30年やっていると、そんな医療のプロフェッショナル達のアドバイスがその通りと思います。 エントリーは、医療からだったのかな? 医療・介護・福祉、数えきれない人脈があって、今日があるのです。 振り返っていると、何故か胸が苦しくなるのです。 今夜のワインは、渋くてあまり美味しくないな。 あれ?私、何故、いつもひとり酒なんだろう…

仲間の力

志しの方向が同じ仲間と、事例検討の場を設ける時間は楽しかった。 難事例であれば、各々の学んだ療法を取り入れてフィードバックをしあう。 ネガティブな感情が引き起こす負の連鎖が、セラピスト達の心理療法によって、事態が好転するのだから、セラピスト達もやり甲斐がある。 仲間が企業の話しを持ち掛け、セミナー企画やセラピールームの開設を進めていた。 あれから10年以上の年月が過ぎた。 サイバー犯罪暴露の為に、家族がバラバラになって京都で生活しているのだろうか? 両親の介護から描いた道が閉ざされ、天災が起きたのだろうか? 不安や恐怖、哀しみや悔しさ、苛立ちや腹立たしさ、無の境地そして快楽への感情を手に入れたのでしょう。 セラピスト達と、クライアントが社会復帰出来たり、学校へ通えるようになったり、日常生活がポジティブに変われば、嬉しいよねってよく話した。 本音は、振り返れば悲しいし涙が溢れてくるから、今は私が大きな心的外傷を負ったクライアントなんだよね。

温泉療法

 水風呂でうたた寝をしていたら、「風邪ひきますよ」って声をかけてくださったご婦人がいた。 夜勤明け、仁左衛門の湯で治療すると元気になる。 子育てで疲れた時、華ちゃんと仁左衛門の湯によくきたな。 あの頃はサウナに入れなかったし、岩盤浴にも行けなかった。ただ身体の汚れを落としに、気分転換にきたのかな。 あれから、25年もの年月が過ぎ、孫と一緒に仁左衛門の湯にくる事が出来た。 湯の質がマッチングしたこの温泉は、故郷、別府温泉と並ぶ故郷の温泉なんだ。 mixiのblogに書いていた第二の故郷は、今となっては心の故郷なのかもしれない。 母が別府医療センターで癌治療をした。 付き添い看病し、心身ともに疲れ果てて涙が止まらない時、別府温泉に浸かって帰った。 母を心配する父に泣き顔は見せられない。 東京から大分に転校して、母校で頑張っている娘に笑顔のママでありたい。 そんな時、いつも別府温泉は、私の心を治療してくれた。 京都で家庭不和が起きた。 大切な仕事と仲間を失った。 ひとりで過ごす時間の中で、京都の温泉が湯治となっている。

間違った相乗効果

 琴絵さん、うちの旦那不倫しててな、うちが寝てると思うて、一階の部屋に女連れ込んでるねん。 うちのこと、統合失調症やって言うて、強制入院させてんねん。 うちが不倫してるって思ってる間は、妄想が治ってへんからずっと入院やねんて。 退院できひんねん。 いつ帰れるんやろ。 子供の事も心配やねんけど、お婆ちゃんもおるし、会われへんし、どないしよう。 そやしな、お金も掛かるし、障害者認定して障害年金貰う手続きしてるんや。 そしたら、月々お金もらえるしな。 アルバイトもできひんし、、、。 旦那も、暴力団から足洗うって言うてるし。 同世代のクライアントは、同じ境遇に置かれた患者?なのかな?私とはかなり事情が違うみたいだけど…。 患者らしくない衣装に、会話の内容が、精神疾患じゃないよね。 精神病になりすまし、そこに病名をつける…。 病気じゃないのに入院治療して、報酬?を得る⁉︎ 明るく患者らしくない彼女は、毎週末、家族と過ごすからと外泊をした。 入院生活で、気の合う患者と集い茶話会していた。 そんな語らいに誘われ同じ時間を過ごせば、置かれた状況が全く違うことにジレンマがあり、セラピストとクライアントとの狭間にいる自分が、苦しくて独り病室で泣き明かした。 病院(医師)は、患者の主訴から診断をし、病名をつける。 診断書を作成すれば利益になる。 患者は主訴を演じ病名をつけてもらい、診断書を作成してもらえば生活が楽になる。 何が正しくて何かが勘違いなのか、切迫した私にはわからなかった。嫌、考えたくなかった。 今、思い返せば、いつも周りにいたクライアントは、助け人だったんだよな。

お父さんお母さんありがとう

 子供の頃、国東の生活はスーパーやコンビニでお買い物(歩いて行くには遠い)なんてあまり出来なくて。 だけど、豊後水道で取れた活きたお魚と、豊後牛と安岐町で飼育された豚や鶏、地元のフレッシュな野菜と果物。 ご近所さんと物々交換して、苺こんなに食べれるかな?っておやつにいっぱい食べた。 ミニトマトを主食にするくらい食べるって(主観)普通だと思ってたから、今でもお弁当のおかずはトマトがないと寂しい。 活きてるお魚を小学生の時からさばくって、普通って思ってた。 京都に進学して、食生活ががらりと変わった。 お母さん、京都のお魚は動いていない。 京都の調味料は味が違う。 これでいいのかな? なんて母に電話した。 物流が普及した今、故郷を懐かしんでいる。 インターネット犯罪、京都の方々に助けられてたんだよ。 お父さん、お母さん、本当にごめんなさい。