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12月 14, 2023の投稿を表示しています

心身共に元気な秘訣

私は大分県国東市の瀬戸内海で、18才まで慌てず焦らず気ままに育ちました。 エリートな姉とエンジニアの長男との間の二女で、大して褒められもせず、大した事もできず、大して慕われるもせず、ただ今の自分を想像しながら、興味関心のある事を前向きに行ってきました。 勉強よりは、滑走路の見える海岸で磯遊びをしたり、草花を見つけては積んできて飾ってみたり、おままごとの材料にしてみたり… 草や花から搾り汁を採取して、お絵描きしたりして。 蝶々がよく側にいましたから、ちょっと鱗粉をいただいてキャンバスに載せました。 紋様が、綺麗だなぁといつも思っていましたが、思い返せば随分酷い事をしたかな。 そんな頃、三毛猫のミーケが私の側で、機嫌良く虫や蛇を追いかけて遊んでいました。 三毛猫って、狩がとっても上手なんです。 とっても可愛いにゃんこでした。 だけど、野良犬に噛み殺されてしまいました。 それから私は、犬が好きではありません。 当時よく流行りのローラースケートを、一緒にした同級生がいました。 学校帰りに「ことえちゃん一緒にローラースケートしよう。」って誘ってくれました。 「ランドセル置いて来るから待ってて。」と伝えると、自宅の玄関で父から「ことちゃん、宿題をしちから(済ませてから)遊びに行きよ。」と言われました。 同級生の家に行った時は、同級生のお母さんから、「遊ぶ前にピアノのお稽古してから、漢字の練習をしてから」と教わりました。 遊びに夢中になった時、ちょっと休憩しようと大人が、手作りのおやつを一緒に作ろうと時間を取ってくれました。 私は、ピアノ教室には通っていませんが、遊びの中にバイエルのレッスンと字の練習がありました。 音楽を聴き、字を集中して書く事で、目的から外れた雑念を考えず、目標を見失わずにすんだのかも知れません。 実際の書道教室は、正座が辛くて落ち着いて字が書けなかったのですが。 絵や字を書いたり、物作りをしている時間は、必要のない事を考えずにすみました。出来上がれば嬉しかったので、何かしらの活動をしていて、母に落ち着きのない子とも言われました。 だけど母だけはそんな私をよく褒め、「琴絵ちゃん、渡り蟹があるからカニでサラダをしよう。車海老があるからエビフライをしよう。椎茸があるから茶碗蒸しをしよう。」と勉強よりも、手伝いに専念させていました。 父は勉強が出来んと悪い、成績が悪...