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大切な人と過ごす時間

 昭和生まれの父は「腹が減った飯はまだか。」と疲れた母に当たり前のように言っていた。 母は睡眠時間を削っても前向きに働く人だった。 大切な妻を口で何とか自分の思い通りに支配しようとする父を見て、こんな男性とは結婚したくないと子供ながらに思っていた。 けれど母は、どんなに疲れていても家族の為に食事の用意をしてくれた。 私が母になってから母が良く言っていた事がある。 「お母さんが仕事から帰ってきて休む暇もなく、お父さんは飯はまだかって言うんよ。そんなにすぐに動けるかね、チョコレートを食べて一服してから動くんよ。」と、愚痴とは思えない口調で話してくれた。 私も母を見習って、一服してから夕飯を作る事にした。 私の場合はチョコレートではなく、アルコールで一服なんですが。 今は居ない夫が、アルコールを飲みながら料理をしている私の姿を見て「ママのガソリンだね。」なんて嬉しそうに良く言っていた。 見てるだけなら一緒に作ろうと2人で調理をした。 他人同士が共同生活を始め、子育てという大きな目標を持って生活する中で、コミュニケーション不足、キャッチボールが上手くいかない交差交流、価値観の違いなどが起こると、たちまち生活がつまらなくなる。 そんな事態が起きると、大抵の人は外に安楽や快楽を求めるのだろうが、逃避ばかり続けていると家族の絆は簡単に壊れてしまう。 共働きでお互いに疲れているから、家族で協力して家事をする。 子育てで悩みも増えるから、報告連絡相談のコミニュケーションの時間を増やす。 交差交流になりそうな疲労困憊した状況の時にはそっと相手を見守る。 無意識に行っていた家族療法だが、何故か家族がバラバラになってしまった。 「おい、腹が減った。煎餅くれや。」 あれ?何処かで聞いた事がある… 「お煎餅とお饅頭をお持ちしました。」 側にいてそっと看護る。 親指を立て、「あんたは、これ何人おるんや。」 「いつも逃げられてばかりで、一人もいません。」 談笑の中 「何を抜かせ、、、。どんな男がタイプや。」 「おじいさんです。お一人では外出が出来ない方がタイプです。」 「おい、オレを縛る気か、参った寝るわ。」 「おやすみなさい。」 そんな日常が私の生き甲斐なのかもしれません。