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リング

 デカンタに入った赤ワインの香りと味は、場所とその日の体調や気分で変わる。 性分か高級ワインの味が良くわからない。 今夜の食卓は賑わっている。 ゲストが楽しげに食事をしている。 同じテーブル席に着いた男女は、目と目を見つめ合い、何を語り合っているのだろう。 家族の顔も見ずに、携帯操作に専念する事が、当たり前の時代になっている。 気の合う仲間同士、トークが止まらない。 そんな光景を目にしていると、自分にもそんな時があったんだと回想している。 慣れない職場での仕事で疲れ果て、帰宅してから家族の為に夕食を作るのが億劫な時は寄り道をした。 京王線乗り換え新宿駅で自分タイム。 ルミネやサザンタワーへ立ち寄り、邪念を忘れリフレッシュして帰宅した。 スタバのコーヒーかスタンドバーのサングリアかは、その日の気分だった。 京王百貨店のラスクは娘達の好物で、よく手土産にした。 夜勤明けの帰路で、京都リサーチパークに寄り道をし、デカンタに入った赤ワインを飲み干し、"夕飯は何作ろう"  だなんて考えたところで、食べてくれる人はいない。 回想や現在進行形の時間を過ごしながら、まごころこもったおもてなしの接遇を頂戴していると、破壊したマイホームを忘れている。 もてなしの計らいも自分に向き合う時間でもある。 芸を習得し芸妓として、お客様が喜んでくれる技を得た母に育てられた。 そんな母は、「勉強はお父さんに教えてもらいなさい。」と言い、"芸は身を助ける"と、歌や音楽、書写や絵の描き方や家事を日々教えてくれた。 父は、学校の勉強は100点じゃなければ頭が悪いと心配し、学習塾に通わせた。 父は勉強が出来るように、母は芸を身に付けるようにと言って聞かせた。 高校の進学面談で父は、京都に進学すると言った私を止めなかった。 「琴絵がそう決めたんじゃったらしようがなかろう。」と寂しそうに言った。 母は賛成も反対もせず「お母さんは何もしてあげられないけど、看護学校に通っている間は、琴絵ちゃんが好きな音楽を聴く事は我慢しなさい。コンポはそのうち送ってあげるから。ステレオはしばらくは我慢しなさいよ。」と言った。 あの頃によく聴いたマドンナやシンディローパーの曲は、今も聞き続け元気をもらっている。 お母さん、あの頃の大きなステレオは、今、私の耳の中に付いているんだよ。 絆の輪は、目には見えなくても...