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ラベル(生活は仲良く 環境は美しく 研修は厳しく)が付いた投稿を表示しています

夢を抱く若人を応援したくて

 「よろしくお願いします。」 「この数字は、何ですか?」 「1」 「次にこの数字は読めますか?」 「…、僕、どうしても警察官になりたいんです。」 「次、この字は読めますか?」 「2」 「お疲れ様でした。次は③番へお進み下さい。」 仲間たちと一つの仕事をやり遂げた。 みんなで反省会を兼ねて、飲みに行きましょう。 今回は、ライバル会社の共同作業だったけど、みんな形の違うパズルのピースの様に、そのピースが集まって埋め合って、一つの作品が完成する。 できなかったらできる仲間がそこを埋めればいい、できなかったら、できるところを足せばいい。 そしたら、みんなが自然と笑顔になるんだよ。 仕事の面白さと醍醐味は、自信に繋がる。 彼は、立派な警察官になりました。

本当の見守りって?

 紹介したのは本人なんだもの。 そうなっても仕方がないな。 そんな話し、随分前にしたかな。 ナースだけどフリーター。 子育てで、家族のイベントを優先にしたくて、長女の中学受験前にフリーランスナースへと転職した。 フリーの日に仕事を入れる。 それが、その当時の私のスタンス。 大都市で、数ある派遣会社から選んだ仕事は介護福祉の仕事。 「何でもやりますから、お仕事ありますか?」 23区の案件は、常に急募していて、明日どこそこに行けますか?と紹介して頂くこともしばしば。 お弁当を作る私に「ママ、今日はどこに行くの?」と主人。 「烏山、もし遅くなったらのんちゃん迎えに行ける?」 聞いたところで迎えに行けるはずがないパパに、ちょっと愚痴っぽくも語りかけた。 「面談が入ってるから無理だな。」 「だよね、ファミリーサポートの先生にお願いしてみようかな。」 「はなちゃん、お金渡しておくから、塾に行く前にルパに寄って行って。」 二女を電動ママチャリに乗せて、保育園へ送り、武蔵野台から京王線に乗った。 駅員さんが、ドアから乗客がはみ出さないように、案内したり誘導したり社内に押し込んだり、そうされながら、、 ぎゅうぎゅうの満員電車に、予定通り乗れて一安心。 千歳烏山の駅で、ぎゅうぎゅうから開放されて、リフレッシュに一服。 時短で飲めるドトールのアイスコーヒーは定番で、仕事前のママからナースへの切り替えの時間。 今日は、どんなお客様に出会えるのかな。老若男女、お子様からご高齢の方まで、あらゆる方々との出会いが待っている。 緊張のあまり、お腹が痛くなることもあった。 仕事前のほっと一息が、そんな腹痛の緩和にもなっていた。 何処の職場に派遣されても、「おはようございます。株式会社〇〇から参りました、坂田琴絵と申します。よろしくお願いします。」と名乗り、気の良い職員がいつも優しく出迎えて下さった。 一通り行程の説明を受ける中で、安否確認でお客様ご自身が、そして会社が社内教育の一貫で、カメラを設置している事があると説明を受けた。 いつも誰かが見ているから、お客様に失礼のない様にとも説明を受けた。 ナース仲間同士で共有する際に、お客様の様子を室内カメラで見ていた家族から、担当ナースの対応について、会社にクレームがあった。 安心安全を目的として、遠隔で見守りする事も当然の時代となった。 だけど、...

人脈

  旦那さん、真面目な人やったんやな。 部長さん、サイバー犯罪の件 協力してくれてありがとう。 奄美大島での事業計画は、遠回りになったけど、試練を乗り越えて、開拓中よ。 ネットワークで、問題解決も近々だから、今度、ファミリーで打ち合わせをしましょ。 また、連絡します。

障害と傷害どちらが先?

 自らの行いに自信が持てなくて苦しんだ。 苦しみから逃れたくてドラックを知った。 どんな事も不安なく自信を持って行動する事ができた。 気がつけば、パーソナルスペースを超えた傷害を犯していた。 ドラックを使えばまた楽になる。 離脱するには、勇気と受け入れたくない現実を向かえなければならない。 先生、薬物中毒の患者さん受け入れていいですか? 薬が身体から抜けるまで、点滴で洗い流します。 幻聴幻覚って洗い流せないのかな… 妄想はついて回るのかな… 違法ドラックも、それらの治療に使われる薬剤も、いつかは不必要になるんだよな。 覚醒剤なんか、簡単に辞められると話してくれたクライアントがいた。 きっと心の中にあるPTSDと戦ってのドラックへの道だったのだろう。 高揚した心理状態から、窃盗 恐喝 暴行 不純わいせつ行為 横領等を繰り返す。 〇〇組〇〇号… 違法ドラックや向精神薬を手放しても、胸を張って社会に貢献できたクライアントもいる。 避けてごまかしてきた心の中にある葛藤と向き合い、自ら楽になれる道を選択した結果だったのでしょう。 医療や福祉の仕事に従事していると、世の中の人達って、簡単に〇〇障害って病名が付けられるんだなと実感します。 健常者も障害者も共存して生活が成り立っています。 教えたり、教えられたり。 多種多様な仕事絡みで、様々な個性の方々とご縁がありました。 バディとしてやりにくいなぁと思う事もしばしば。 そんな時は、いつも良い所を見つけて、やりにくい所をサポートします。 すると、互いに笑顔で業務が円滑に回るのです。 これも、障害者支援施設でのボランティア活動で、学び得た教訓です。

マネージャーとビジネスパートナー

  会社の方はどうなの、仕事は順調? 相変わらずあちこちに飛び回ってるんでしょ。 今は新しい商品開発で、九州の方に行ってるよ。 ところで、お母さんの調子はどう? その節は、大変お世話になりした。 症例の少ないエリアで、敏速な対応、さすが部長さんだよね。 入院中に、癌が見つかって、ターミナルケアだと思って、大分の実家に帰って看病してるのよ。 両親の介護は、長くなりそうだから、大分で仕事がしたくてね、企業を考えてるの。 とってもいい環境だし、民泊事業がしたくてね。 だけど1人ではできないし、人材育成のスキルアップも兼ねて、ボランティア活動で勉強中なの。 それで、企業カウンセラーとしての勉強もしたくて、部長さんの事業の手伝いをボランティアでさせてほしいの。 人脈作りのノウハウから、営業のスキルを学びたくてね。 私も母の介護中で、ずっと東京に居ないから、今度、九州入りすることがあったら連絡を下さい。 ゆっくり仕事の相談したいから。 たまには、温泉もいいわよ、 食べる物も美味しいしね。 両親の介護と娘の養育、自分の仕事とのバランス。 それぞれが円滑に行くように、ライフスタイルを変えなければならない。 ねぇパパ、今後のことなんだけど、しばらく大分と東京を行ったり来たりするのに、新しく仕事を考えているの。 前から、お店がしたいって言ってたでしょ。 それでね、京都で一緒に働いていた恩人に協力してもらおうと思ってるの。 パパも単身赴任で大変だけど、これからの生活のこと、相談にのってね。

落胆と希望

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  努力して協力して築いた家庭は、簡単に崩壊してしまった。 どんなに不安でも、 どんなに怖くても、どんなに苦しくても、どんなに辛くても、どんなに悲しくても、あるがままを受け入れる。 家庭不和の中で、良き時間を選び、新しい知識を自分のモノにし、前向きにそれぞれの道を歩く。 無くしたモノも多いけれど、得たモノも多い。 どんなに離れていても、家族の絆は崩壊する事は無い。 私を育ててくれた母に感謝。 私を母に育ててくれた娘達に感謝。 次は、自分自身の成長と旅立ちかな…

寄り添う

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 ご一緒させてください。 側でお待ちしています。 不安な事があれば教えてください。 どんな時も、あなたの笑顔が見たいのです。

介護日誌④

2014年1月12日 晴天 「ことちゃん、じゃがいもの味噌汁を作っちょくれ。」 朝食に味噌汁を作る習慣のない私が、父の為に朝食を作る。昨日の疲れや、望まない生活のスタート。出来上がったじゃがいもの味噌汁の鍋を滑らせ、全て溢してしまう。 「お父さん、お豆腐の味噌汁でいい?」 「漬物を出しちょくれ。」 「お母さんが、梅干しを食べるといいって。」 「お母さん所に行っちくる。」 「さつまいものかりんとう作ったから、持って行って。」 手土産にかりんとうと新聞を持って、父は元気に母の待つ病院へ行った。 「永遠、おはよう。お散歩行こうか。」 寝てる永遠を起こしたら、キャンキャン鳴いてブルブル震えている。 「永遠、どうしたの?」 犬の気持ちがよく分からず、撫でてみたりおやつをあげてみたり。ドライフードを食べ終えた永遠は、またブルブルと震え出した。 お散歩用リードに変え、「永遠、行くよ。」 永遠の恐怖心を少しでも和らげたくて、永遠の思いのままお散歩に同行した。元気よく歩き、路肩の草を食べ、排泄をし、力強く私の事をリードしてくれている。母が元気なときは、母と一緒にお散歩していた永遠は、母と歩いたルートを私に教えてくれていた。「永遠、そろそろ帰ろう。」 母に面会してきた父は、私に心配事を愚痴にし、少し安堵した様子であった。 「お父さん、お昼ご飯ちらし寿司でいい。」 昼食を済ませて、母の元へ行った。 「お母さん、かりんとう美味しかった?」 父が持参したかりんとうを食し、満足気な母。車椅子の自走も出来る様になり、治療に前向きである。 「ことえちゃん、もう5時やけど帰らんでいいんかえ?」 「うん、そろそろ帰ろうかな。」 帰宅すると父は、永遠に餌をあげてくれていた。 勝手口から庭用のリードに繋がれた永遠に向かって、「永遠、よしよし、食え食え、よしよし。」と優しく語り掛けていた。永遠のお世話は、母に任せっきりだった父が変わる瞬間であった。 「お父さん、今夜は大根煮て食べようか。」

介護日誌③

 2014年1月11日 晴れ 母が腓骨骨折の手術をしてから4日目の朝を迎えた。外は冬空の晴天で寒さが身に染みる。 雑種犬の永遠は、ご機嫌に尻尾を振って私の顔を見ている。 「永遠、お散歩行こう。」 犬の飼育に慣れていない私は、自分が散歩させられているみたいだった。これから、そんな永遠が、私の良き聞き役となってくれるとは、思いもしなかった。 父と母との生活空間は、正直どんよりとしていて、居心地が悪かった。私が母の看病や父の見守りで実家を生活の拠点とするに当たり、まずはそのどんよりを無くしたかった。最愛の家族と離れて、この居心地の悪い空間で、自分のメンタルの維持をして行くことが不安であった。 石油ストーブで暖を取り、気になる家事をこなした。冷蔵庫の中を掃除し、洗濯槽の漂白をした。 父は、今日は外出しないとLEXUSのメンテナンスをしている。海外赴任中の弟の車を管理している。それから、母が大切に育てている庭の花や木に水を与えている。 2人で、夕べのすき焼きをうどんにして昼食とした。 「お父さん、買い物行ってくるから。」 「行っちょいで。」 エースに食材の買い出しに行く。 地元住民達が集いの場としていたD&Dは、本当に閉店している。新聞記事によると、国東地区では、ディスカウントストアの先駆け的存在で、2002年2月期には約13億6千万円を売り上げていたが、近年、大手ドラッグストアやホームセンターの進出などで競争が激化し、売り上げが落ち込んでいたとある。 買い物から帰宅すると、シンクに入ったままの食器を姉が片付けてくれていた。 姉と2人で母の待つ病院へ行く。 病床でTVを見ていた母は、今日と明日はリハビリがお休みだと話す。 手術の後の傷はフリーで、疼痛コントロールにモーラステープを貼っている。シーネ固定は1週間くらいとのこと。 相変わらず、母のトークは面白い。病床で少しICU症候群?とも思われたが、その場が和んでいたので良しとした。 実家に戻った私は、とり天や野菜やきのこの天ぷらを作った。 21時30分、父は動悸がすると私に訴える。右橈骨動脈をそっと触れ、「お父さん、どうもないよ。疲れてるから早く休んだら。」 父は、自室へ行き休んだ。 iPhoneから、娘たちに電話をした。 「お母さん、今日はお父さんとのんちゃんとモリタウンに行って、パパにピアス買ってもらった。それから...

余命宣告

 2014年1月 ロッキングプレート固定のオペ後、リハビリも順調で、暇を持て余した母に、身体の隅々まで検査をしてもらったらと提案したのでした。採血やレントゲンは勿論のこと、CT・腹部エコーに胃カメラ・大腸ファイバー等。結果、腫瘍マーカー(CEA14.4/SCC19.9)が高値。消化器科・泌尿器科・婦人科領域の進行ガンの診断でした。余命も申告され、1日も早く手術が出来る様に連携が取られました。手術予定の医療センターへ手術前の検査に何度か足を運びました。骨折から1ヶ月半、入院治療を終えた母は、父の待つ自宅へ帰宅しました。 母の骨折の看病だけではなく、ガン治療と残された余命に寄り添うという大役を引き受けたのでした。 「お母さん、医療センターに入院するまでに、東京に帰って引っ越しの準備してくるからね。のんちゃんと大我とさくらとで引っ越しするから。パパには、空港の近くで単身赴任してもらう。私がいない間、このカレンダーに1日あった事で良かった事を書いといてね。」 フライトナースのはじまりでした。

同じ窯の飯を食う仲間

 解剖の本貸してくれる。次は,病態生理学ね。 パテラ・ヒューメラル・フェモラル…… 骨盤内の出血は、高エネルギー外傷による重症骨折では、出血性ショックを生じうる重篤な病態なんだよね… 新人ナースの頃、よく仲間と一緒に予習復習をした。 そんな仲間が、事業計画をし協力する予定だった。自分のこれまでのスキルを活かして、できる範囲で企業カウンセラーとして勉強させて。 気付かなければ続けられたのかも知れない、ビジネスパートナー。 まさか、サイバー犯罪に関与しているとは…

天職が元気の秘訣

  いわたやまを見上げながらの通勤路も今では懐かしい。 「お婆ちゃんの癌治療も安定してきたから、もうずっと向陽台にいなくてよくなったよ。中学どうする?東京に戻ってもお父さん転勤でいないし、お姉ちゃんがいる京都に行く?」 お婆ちゃんの介護のために東京から大分に転校し、小学校高学年を過ごした娘が誇らしい。 慣れない環境に飛び込んで、家事の下手なネガティブなお爺ちゃんとの生活。 ママはお婆ちゃんの看病や仕事でいないことも多かった。 長い通学路を暑くても寒くてもママの母校へ歩いて通った。 保育園の時から続けた書道とピアノのお稽古。そしてイギリス留学。社会教育キャンプ。 親バカだけど、頑張ってきた娘達が自慢。あれからお姉ちゃんは新しい家庭を築いている。 今では京都で高校生の娘と 2 人暮らし。また第2の故郷で天職ができて幸せである。

はじめてのお給料

新聞とちらしを受け取りに行き 新聞の間にちらしを挟む ちょっと重いけど、頑張って配るぞ! 梅雨の豪雨にも 日照りで焼けたアスファルトにも負けず 得たお給料は 将来の夢に繋がっているんだよ

ホーソン効果

おはようございます。お久しぶり、元気にしてた? そんな勤務の始まりは笑顔から☺ ほうれんそう(報告・連絡・相談)を密にし、互いにフォローしながらのおもてなし。 目標が同じ仲間との業務は、学びがたくさん☆☆☆ 今日も元気に仕事が出来ることに感謝でございます。

キャリアビジョン

おはようございます いらっしゃいませ 体調はいかがですか? お待たせしました かしこまりました お大事にしてください お気をつけて行ってらっしゃいませ お疲れ様でした ありがとうございます ご迷惑をおかけしました 全て私が選んだwork ふらりと立ち寄った本屋さんで見つけた本を片手に、バス乗車。 お気に入りのバロック音楽を聴きながら・・・ あえて選んだ余暇のルートが私の原動力となっている。 いつも私のライフビジョンのサポートをしてくれているドライバーさんに感謝。 Suicaと一緒にありがとう🤍

山頂で笑顔あふれる子供たち

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自然豊かな環境で生まれ育った私は、海や山が遊び相手になってくれました。 海や山には四季折々の顔があり、沢山の事を子供の私に教えてくれたのです。 沿岸に打ち上げられる漂着物には興味深い物が多くあり、お気に入りのものは テトラポッドの秘密基地に隠したものです。 子供ながらに衝撃的な物は、アザラシの遺体と拳銃でした。 山に行けば非日常の景色が見れ、様々な草花を見たり、木の実や野いちごなど 取ったものです。 そんな環境で学ぼうとする子供たちを応援する業務に従事する機会が多々あり、 仲間と活動を通し、目標を達成した時の子供たちの笑顔は素晴らしいものです。 私の選んだ道{まごころ・おもてなし・おてつだい}を信念とした ライフスタイルは、多くの子供たちを笑顔にするという活動も含まれています。 九重連山 湯布院

一流なのにアットホーム

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おはようございます。 早朝から活気に満ち溢れた職場で、多国籍のお客様のおもてなし。 ありがとうございます🙂 そして、笑顔を頂いています。そんな職場が大好きです。 気の合う仲間と和気あいあいと、こんな時間を過ごしています。 ランチタイムは節約の為、有り合わせで作るお弁当。 食後には、その日の気分に合わせて(同質の原理)音楽鑑賞。 今日は[ソング・オブ・ライフ]を聞きながら、エネルギーチャージ。 気の合う仲間と業務を与えて下さっていることに感謝でございます。 ※この写真は家族に作ったお弁当です😅