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Agree to disagree

 why? 悲しんでる、苦しんでる、怒っている。 個人の利益や感情を優先させれば、そうなって当然かもしれない。 営業担当は、個人ではなく組織全体をみて、クライアントに発信していただけなのだろう。 クライアントが求めることは、あなたの概念にはないのでしょう。 社長婦人は、亡くなるその時まで、ご主人様との思いを大切に、ご活躍されたのです。 息を引き取る時、その思いを私に話してくれました。 寄り添ったり向き合ったりしていると、必ず学びがあるのです。 2人で話した事は秘密にしておきますね。

夢を抱く若人を応援したくて

 「よろしくお願いします。」 「この数字は、何ですか?」 「1」 「次にこの数字は読めますか?」 「…、僕、どうしても警察官になりたいんです。」 「次、この字は読めますか?」 「2」 「お疲れ様でした。次は③番へお進み下さい。」 仲間たちと一つの仕事をやり遂げた。 みんなで反省会を兼ねて、飲みに行きましょう。 今回は、ライバル会社の共同作業だったけど、みんな形の違うパズルのピースの様に、そのピースが集まって埋め合って、一つの作品が完成する。 できなかったらできる仲間がそこを埋めればいい、できなかったら、できるところを足せばいい。 そしたら、みんなが自然と笑顔になるんだよ。 仕事の面白さと醍醐味は、自信に繋がる。 彼は、立派な警察官になりました。

優しさあればやらなきゃならないことは自然とできる

海岸段丘から見る大海原はクリアなコバルトブルーで、子供の頃のように無邪気に綺麗な海へ飛び込みたいと思う。 海底の魚たちは、集団で泳いでいる。 天敵のいない水中で、仲間同士がバラバラにならず優雅に泳ぎ、水面に散りばめられた宝石のような太陽の反射が、更に情緒を育てくれるのだろう。 かりゆしの白浜にそっと埋めた宝石は、引き潮と共に大海原に帰って行く。 ブーゲンビリアの丘で、 "To Love You More"を口遊み、思いを信じて頑張ろうと将来像を描いた。 物語りを書いていれば「琴絵ちゃん、手伝って。」と母が呼び、食事の用意をしたり洗濯をしたりと家事を手伝った。 母は、勉強しなさいとはあまり言わなかったが、「本をたくさん読みなさい。」と、本棚一杯に童話や著名人の本を揃えてくれていた。 多読賞をもらった姉を褒め「琴絵ちゃんも本を読みなさいと。」と何度か言われるうちに、本棚に並べられた本たちが嫌になっていた。 だけど、"もちもちの木"のお話しは、何度も読み返したのを覚えている。 臆病で弱虫の5才の男の子が主人公。 夜が怖い豆太は、ひとりでトイレにも行けなかったが、おじいさんがピンチになって、夜の山へ出て、無我夢中でお医者様を呼びに行く、勇気ある男の子へと変わっていくお話しです。 怖がりの弱虫であれ、優しい心があれば良いと、おじいさんは豆太を褒めているのです。 振り返ればそんな学童期から、携わる人が笑顔になるシナリオ作りは始まっていたのでした。

女泣かせの男とお色気が経済効果な女の内緒話し

「いつもお世話になります。 プレートスクリューお待ちしました。 当日は立ち会いは出来ませんが、何かあれば連絡下さい。」 なんて、中材の窓口でのやり取りは日常だった。 立ち会いの日、オペの合間の時間に私語も憚らず、家族の話しもした。 さすが、成績の良い営業マンのトークは惹かれるものがあり、ナース達の人気者。 「僕ね、両親の勧めもあって早くに結婚して、子供も出来て、遊ぶ時間がなかったから、これから看護師さん達と…。」 「???。奥さん、お子さん小さいから大変ですよ。早く帰って一緒にごはん食べてくださいね。」 そんな定形文の会話をしたな。 薬や衛生材料、医療機器と、中材の窓口にはプロパー対応業務もついてまわる。 上長から「ワークショップあるからな」とか「弁当付き説明会あるからな」とか「祇園で接待やからな」とか、プロパーの営業に付き合うのも仕事だと思っていた。 病院には多数の業者が入っている。 自社の商品を使ってもらう為には、診察が終える医師を気長に待つ事や、看護師と仲良くするのが鉄則で当然。 「小児科の〇〇先生、最近、やたら、〇〇製薬会社の薬ばかり処方するよね。」 「だって、プロパーのお姉さんと仲良しだもん。私達にキャラクター配って営業頑張ってるわよ。」 なんて、業界の内緒話しは尽きない。 そんな業務もスキルアップとなりました。

夢ならいいのに

「髄内釘のプレゼンはいつにするかな。ジンマーも営業入ってるしな、京セラは今のところ大丈夫そうやけど、ごめん電話『夕飯、ステーキだよ、パパ…』だって。」 ラブラブ♡早く帰らなきゃね、今日はワークショップありがとうございました。 次の人工骨頭のオペ、大丈夫そう、立ち会いしてくれるの? 「勿論、そう、病理の参考書、貸してもらえる?」 救急や手術を担当してると、毎日新しい業務の連続で、仕事が終わってから、明日の仕事の予習をするのは当然でした。 脳外科のドクターが、明日のオペが長丁場になるから、ぐっすり休む為に睡眠導入剤を飲んで休むと教えてくれました。 外科のドクターが、お酒を飲んでも仕事をするのは当たり前と教えてくれました。 オペナースの先輩が、二日酔いで仕事が疎かになるなら飲むなと教えてくれました。 精神科のドクターが、患者さんの話しを聞き過ぎて疲れたら、安定剤を飲んで気持ちを楽にすると教えてくれました。 ナースを30年やっていると、そんな医療のプロフェッショナル達のアドバイスがその通りと思います。 エントリーは、医療からだったのかな? 医療・介護・福祉、数えきれない人脈があって、今日があるのです。 振り返っていると、何故か胸が苦しくなるのです。 今夜のワインは、渋くてあまり美味しくないな。 あれ?私、何故、いつもひとり酒なんだろう…

仲間の力

志しの方向が同じ仲間と、事例検討の場を設ける時間は楽しかった。 難事例であれば、各々の学んだ療法を取り入れてフィードバックをしあう。 ネガティブな感情が引き起こす負の連鎖が、セラピスト達の心理療法によって、事態が好転するのだから、セラピスト達もやり甲斐がある。 仲間が企業の話しを持ち掛け、セミナー企画やセラピールームの開設を進めていた。 あれから10年以上の年月が過ぎた。 サイバー犯罪暴露の為に、家族がバラバラになって京都で生活しているのだろうか? 両親の介護から描いた道が閉ざされ、天災が起きたのだろうか? 不安や恐怖、哀しみや悔しさ、苛立ちや腹立たしさ、無の境地そして快楽への感情を手に入れたのでしょう。 セラピスト達と、クライアントが社会復帰出来たり、学校へ通えるようになったり、日常生活がポジティブに変われば、嬉しいよねってよく話した。 本音は、振り返れば悲しいし涙が溢れてくるから、今は私が大きな心的外傷を負ったクライアントなんだよね。

温泉療法

 水風呂でうたた寝をしていたら、「風邪ひきますよ」って声をかけてくださったご婦人がいた。 夜勤明け、仁左衛門の湯で治療すると元気になる。 子育てで疲れた時、華ちゃんと仁左衛門の湯によくきたな。 あの頃はサウナに入れなかったし、岩盤浴にも行けなかった。ただ身体の汚れを落としに、気分転換にきたのかな。 あれから、25年もの年月が過ぎ、孫と一緒に仁左衛門の湯にくる事が出来た。 湯の質がマッチングしたこの温泉は、故郷、別府温泉と並ぶ故郷の温泉なんだ。 mixiのblogに書いていた第二の故郷は、今となっては心の故郷なのかもしれない。 母が別府医療センターで癌治療をした。 付き添い看病し、心身ともに疲れ果てて涙が止まらない時、別府温泉に浸かって帰った。 母を心配する父に泣き顔は見せられない。 東京から大分に転校して、母校で頑張っている娘に笑顔のママでありたい。 そんな時、いつも別府温泉は、私の心を治療してくれた。 京都で家庭不和が起きた。 大切な仕事と仲間を失った。 ひとりで過ごす時間の中で、京都の温泉が湯治となっている。