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香を聞くと般若心経を聞く

 薄明りの部屋に白檀の香りを聞き、般若心経を聞き、現在と過去が行ったり来たり… ソファーに座り独り、好きなワインを飲みながら、楽しかったことや辛かったことが、心のポケットからどんどん出て来るのです。 余命宣告された年長者様は、治療を拒否して私に「死にたい」と言いました。 何度も何度も、私に言いました。 末期癌で痛くて苦しくて、家族と離れての生活で、不安で辛かったのです。 私は、その年長者様の辛さをどれだけ理解する事が出来たのか、少しでも、その辛さを緩和するお手伝いが出来たのだろうかと考える事があります。 私の実母は、末期癌で余命宣告をされました。 手術をしても延命するか分からないけど、「お母さん死にたくない」と辛い治療を受けました。 母の生きたいというその気持ちは、私に命の尊さを教えてくれました。 人の命に寄り添う時、自分の身の置き所がないと感じる時間もあります。 今夜も、香を聞き、般若心経を聞き、過去や現在の落ち着かない精神を、内観療法と併せて浄化し明日を迎えるのです。 お母さん、おやすみなさい。 執筆者:坂田琴絵

ライダーおばあちゃんの1日

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晴天の秋空が気持ち良くて、家事より大事なことがありました。 バイクに乗って、紅葉山トンネルを抜けると 京都丹波高原国定公園です。 日吉町産の黒豆枝豆のもぎ採り会場で 大好きなママと枝豆チョッキン。 おばあちゃんの抱っこでお昼寝中 おばあちゃんとシャボン玉して ママの所へ飛んでって嬉しかったよ 桂川を見ながら、温泉プールに入りました。

内緒のデート

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 子供が小さい頃は、チャイルドシート付きのママチャリに乗って職場まで通った。 朝は家族の食事の用意やお弁当作り、子供の世話や自分の身支度など大忙し。 子供はすくすくと育ち、体重が増えて自転車は重くなる。 母もすくすくと心身共に育ち、いつの日か外科のドクターに「藤井くん、向日町競輪や、はよぅ、迎えに行っといで。」なんて、子育て必死ママナースを応援してくれる仲間に恵まれた。 競輪選手と呼ばれるくらい、逞しく自転車に乗って通勤していた時代があったんだなぁと振り返りながら… 「今日は目黒で仕事だから、目黒川で待ち合わせしよう、今日は池袋だから六本木に行くね。」なんて、デートの約束をした。 現在の生活と過去の生活が、今もなお自分の生活スタイルの中にある。 明日の仕事でどんな学びがあるのだろう、少しでもお役に立てたら嬉しいな。 この業務だったら、この服装とメイクで行こう。経路は読みたい本があるからラッシュは避けよう。 仕事終わりの楽しみの時間は何にしようかな。 なんて考えながら仕事に行くと、大変な業務も楽しくやり甲斐が持てるのです。 また、内緒のデートできたらいいな♡

怒った先生と笑った先生

 「どうなってるの?早くしてよ。」 「先生、どうされました?」 「皆、僕の思う事をちっともやってくれない。」 「先生、今、一番お困りな事は何ですか?私にお手伝い出来る事はありますか?」 「仕事に間に合わない…家に帰りたい…」 思いは様々… 「藤井ナース、先生の介助に入れないです。」 「先生、そんなに怒らないでください。ここは先生がご活躍された現場(戦地)ではありませんよ。皆、先生を労って、少しでもお力に慣れればと思い、ただ側に居てお手伝いがしたいのですよ。」 叩かれたり、抓られたり、噛まれたり、パンチが飛んで来たり。 体験した記憶からの防衛本能も重なり、受け入れられないお手伝いも多くあるのです。 「先生、少し側に居させて下さい。」 クライアントが、今一番望んでいる事を理解出来れば、自然と穏やか時間が流れるものです。 「先生、私も讃美歌を歌ったら、嫌な事を忘れましたよ。今度、一緒に歌えるといいですね。」  

大切な人と過ごす時間

 昭和生まれの父は「腹が減った飯はまだか。」と疲れた母に当たり前のように言っていた。 母は睡眠時間を削っても前向きに働く人だった。 大切な妻を口で何とか自分の思い通りに支配しようとする父を見て、こんな男性とは結婚したくないと子供ながらに思っていた。 けれど母は、どんなに疲れていても家族の為に食事の用意をしてくれた。 私が母になってから母が良く言っていた事がある。 「お母さんが仕事から帰ってきて休む暇もなく、お父さんは飯はまだかって言うんよ。そんなにすぐに動けるかね、チョコレートを食べて一服してから動くんよ。」と、愚痴とは思えない口調で話してくれた。 私も母を見習って、一服してから夕飯を作る事にした。 私の場合はチョコレートではなく、アルコールで一服なんですが。 今は居ない夫が、アルコールを飲みながら料理をしている私の姿を見て「ママのガソリンだね。」なんて嬉しそうに良く言っていた。 見てるだけなら一緒に作ろうと2人で調理をした。 他人同士が共同生活を始め、子育てという大きな目標を持って生活する中で、コミュニケーション不足、キャッチボールが上手くいかない交差交流、価値観の違いなどが起こると、たちまち生活がつまらなくなる。 そんな事態が起きると、大抵の人は外に安楽や快楽を求めるのだろうが、逃避ばかり続けていると家族の絆は簡単に壊れてしまう。 共働きでお互いに疲れているから、家族で協力して家事をする。 子育てで悩みも増えるから、報告連絡相談のコミニュケーションの時間を増やす。 交差交流になりそうな疲労困憊した状況の時にはそっと相手を見守る。 無意識に行っていた家族療法だが、何故か家族がバラバラになってしまった。 「おい、腹が減った。煎餅くれや。」 あれ?何処かで聞いた事がある… 「お煎餅とお饅頭をお持ちしました。」 側にいてそっと看護る。 親指を立て、「あんたは、これ何人おるんや。」 「いつも逃げられてばかりで、一人もいません。」 談笑の中 「何を抜かせ、、、。どんな男がタイプや。」 「おじいさんです。お一人では外出が出来ない方がタイプです。」 「おい、オレを縛る気か、参った寝るわ。」 「おやすみなさい。」 そんな日常が私の生き甲斐なのかもしれません。

理想と現実の狭間で

 Nケースワーカーが、退院後の就労について《就労継続支援B型事業所》を紹介してくれました。 京町家の小さな作業場で、女性達が日々オリジナルの商品を創り出していて、七宝焼き、つまみ細工、縫製、髪飾りといったものづくりで、沢山の工程があり、細かな技術と集中力を要するとの事でした。 物作りが好きな私としては、そんな紹介を真剣に聞いてやってみたいとも思う反面、就労支援施設で働いて、マイナスの家計がどれだけプラスになるんだろう…と頭にモヤを掛けながら聴いていました。 精神科病棟から脱出し、今後の身の振り方を考えながらも与えられた機会を前向きに、就労支援施設の見学会に参加しました。 そこはお洒落な京町家で、生真面目な職人さんがコツコツと働いているといったイメージでした。 正直、カルチャースクールじゃないけど、仲間に入れていただければ勉強になるなとも思いました。 家族の行事を優先すると、空いている日にフリーランスの仕事を入れるがスタンスで、何でもやりますからお仕事ありますか?と、長年派遣ナースの仕事をして参りました。 そうなると、ナースが定着しない不機嫌な職場も勿論あります。不機嫌な職場で、不平不満を漏らすナースも数多くいます。だからこそ、そんな環境でお客様が少しでも笑顔でいて下されば嬉しかったので、日々精進してきたのです。 「看護師さんはお給料いいんだから、ちゃんと働いてもらわないとね。こっちが済んだらあっちに行って手伝って。」 私も生身の人間ですから、心打たれて挫けてもう派遣ナースの仕事なんてしたくないと何度も何度も思いました。 どんなに教養があってエリートな道を進んだ人でも、障害を抱えてしまうとストレスから仕事が上手く行かなくなります。 そのストレスを他者に向ける人も多くいます。 どこの職場に行ってもストレスを抱えた人は居るもので、そんなスタッフと円滑に業務を遂行出来ればと思い、就労支援施設でカウンセラーとしてボランティアで勉強をさせていただきました。 大企業で活躍された方々が多く、何らかの障害から離職せざるを得なくなり、支援施設でご自身に応じた活動を生き生きとされていました。 十人十色人は皆違う、だから良い作品が出来る。 就労支援施設での学びは、いつの日か自分の夢に変わりました。 故郷で民泊事業をはじめて、引きこもりの若人が自然豊かな環境で、目的を持ち生活の楽しみ...

はじめまして

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 おばあちゃんがだっこしましょう かわいいのね 自然と微笑む時に感謝 我が子もその子も私の宝もの はじめて手を繋いでくれてありがとう