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手当て

 余命宣告された母の体は痛々しい。 母は体のあちこちが痛いと言った。 母は体の一部がしびれていると言った。 母は体が痒いと言った。 だけど、その痛みもしびれも痒みも不自由な体ではどうすることもできない。 温めたり冷やしたりマッサージしたり・・・ 「そうしてくれると楽になる」と喜んでくれた。 穏やかな時間の中で、母と一緒にお喋りしたり、クラッシックを聞いたり動画を観たり。 嗜好品を食べて過ごす時間も安定剤なんだと、側に用意した。 限られた時間、少しでも安楽な時間であって欲しいと願った。 クライアントが母に変わった時、セラピストの道を選んで良かったと思った。 関係者の皆様、私をサポートしてくださってありがとうございました。 いつも側にいてくださった、皆様の手当てのお陰です。

消せない記憶

 許すこと、忘れることって、どんなに勉強しても努力しても、ずっとずっと大きな課題である。 学童期に理不尽な振る舞いを目の当たりにし、悲しかったり、寂しかったり、怒りを感じたりした。 そんな感情が芽生えた時、滑走路のよく見える海岸に、ペットの猫と一緒に行った。 「メモル、おいで、海に行くよ。」 メモルは、私の後をついてきては先に進み、一緒に海に行くことを楽しみにしている様だった。 海水浴には向かない河原の海岸で過ごす時間は、波の音、飛行機の離発着の音、船が行き交う音、車海老の養殖場の働く人達の声が聞こえて来た。 誰かと交流するでもなく、話すわけでもなく、ただ、目の前に広がる自然や働く人達の尽力に圧倒されていた。 飛行機の離発着時は、体が揺れる程の大きな音で、その音を聞き育った私としては、飛行機を見ていると何故かほっとしたものだ。 「メモル、帰ろう」 バケツに海水を汲み、自宅に帰る。 赤ちゃんエイが待っている。 そんな日々を繰り返していると、知らぬ間に邪念も消えていた。 木枯らしで、乾燥した肌が痛い。 荒れた唇を気にしてくれたのは、母の弟の叔父さんだった。

死に対する恐怖

余命宣告された母は、私に何度も死にたくない、生きたいと言った。 そんな母に寄り添い、少しでも平穏な時間を過ごして欲しかった。 数ヶ月の命と宣告され5年間、痛みや苦しみの中生命の維持ができたが、振り返ればそれが母にとって幸福だったのか、辛く考える事もある。 どんなに辛くても生きたいと思う気持ちと、あれやこれやと世話を焼いてもらっていても死にたいと思う気持ちもある。 何がどう違うかは、その人それぞれの価値観や歩いて来た道で違いがあるのだろうけど、最後は本人の望む死を迎えたいものだろう。 「お母さん、のんちゃん安岐小学校に転校させて、しばらく向陽台で生活するから。」 そう言って、介護と子育てと派遣ナースの仕事の生活が始まった。 自立支援課程にある父の見守りも至難の日々で、いっそのこと派遣ナースの仕事が僻地の国東にあればいいのにと何度も何度も思った。 仕事がなければ自分で作ればいい、出来るとも思い、当時書いていたブログにリンクもした。 両親の介護は、他人様の介護よりずっとずっとしんどくて辛くて、辞めたかったし逃げ出したかった。 故郷国東の関係者の方々に支えられて、故郷っていいな、故郷に恩返ししたいなって思っていた。 だから寝る間を割いてでも、地域の子供達へボランティア活動ができたんだろうけど。 そんな両親は他界し、フライトナースをサポートして下さった関係者とも疎遠となってしまった。 子育てや介護は、私の人生のスキルアップで、私の人格を大きく育ててくれている。 人生のゴールってなんだろう… 自分の死についても鑑みる。 嗜好品のワインを堪能する時間は、そんな物思いに耽る時間だが、良き時間とし、夢も儚いのか、新たな道があるのか、一人嬉し楽し今宵となる。

大切な人

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 「ママ、どうして泣くの」 肩を抱き寄せる夫は、妻が何故涙を流しているのか全く想像出来ない。 仕事で起きた事情を家庭に持ち込む訳にはいかない。 さっきまで、側に寄り添って看守っていた方が、居なくなる。 先生は、いつも笑顔で私の話しを良く聞いて下さった。 時には、医療従事者として良き道しるべとなり助言をして下さった。 先生は、どんなに辛くても気丈で気遣いをして下さった。  渡辺淳一さんが執筆された書籍から、沢山の学びを頂いての今日に感謝している。 携わる方々に安楽で幸福の時を感じて頂く事で、自分が自然と幸福となっていると言うこと。 家族には話せないストーリーは、時には家族を不安にさせていたのかもしれない。 疲れた日は、美味しいごはんを作って家族と一緒に食事の団欒を楽しむ。 また、一緒にワイン飲もうね。 さあ、明日はどんなドラマが待ってるのだろう。

ハート

 心臓が動いている 日に日に大きくなる胎児 生まれてきてくれてありがとう 小さな手でも温かい 抱っこすると 尚 暖かい 互いにぬくもりを感じながら成長し… 活躍してきた主が暖かい その主の手が温かい 手を握り「側にいてくれてありがとう」と言った 私こそ「ありがとうございます」 心があたたかくなる 冷たくなった身体をケアして… 日々、命に向き合い 寄り添う事ができるのは 側にいてくださる方なのです

香を聞くと般若心経を聞く

 薄明りの部屋に白檀の香りを聞き、般若心経を聞き、現在と過去が行ったり来たり… ソファーに座り独り、好きなワインを飲みながら、楽しかったことや辛かったことが、心のポケットからどんどん出て来るのです。 余命宣告された年長者様は、治療を拒否して私に「死にたい」と言いました。 何度も何度も、私に言いました。 末期癌で痛くて苦しくて、家族と離れての生活で、不安で辛かったのです。 私は、その年長者様の辛さをどれだけ理解する事が出来たのか、少しでも、その辛さを緩和するお手伝いが出来たのだろうかと考える事があります。 私の実母は、末期癌で余命宣告をされました。 手術をしても延命するか分からないけど、「お母さん死にたくない」と辛い治療を受けました。 母の生きたいというその気持ちは、私に命の尊さを教えてくれました。 人の命に寄り添う時、自分の身の置き所がないと感じる時間もあります。 今夜も、香を聞き、般若心経を聞き、過去や現在の落ち着かない精神を、内観療法と併せて浄化し明日を迎えるのです。 お母さん、おやすみなさい。 執筆者:坂田琴絵

ライダーおばあちゃんの1日

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晴天の秋空が気持ち良くて、家事より大事なことがありました。 バイクに乗って、紅葉山トンネルを抜けると 京都丹波高原国定公園です。 日吉町産の黒豆枝豆のもぎ採り会場で 大好きなママと枝豆チョッキン。 おばあちゃんの抱っこでお昼寝中 おばあちゃんとシャボン玉して ママの所へ飛んでって嬉しかったよ 桂川を見ながら、温泉プールに入りました。