投稿

1日を終える時間は

 朝、起きたら、その日の活動に合わせて体調管理をする。 1日のエネルギーは、私の口から入った食品達が支えてくれている。 毎日、活動を終えた後のひと時が楽しみだ。 帰路、フジ子・ヘミングの演奏を聴き疲れた頭がほぐれる。 今夜は遅いから、デザートワインと軽食で。 ナイアガラは、子供の頃に毎年食べたデラウェアの香りが懐かしい。 ワインのあては、ルビー。 母がよく、はっさくや夏みかんを剥いて、「美味しいから食べなさい」と、シュガーをかけて出してくれた。 今は、娘に同じことを言っている。 明日は、ザビエルが飲みたいな…。

遊びはアート

「まるくして。」 「はい、どうぞ。」 「せんせい、ドラえもんつくる。」 「上手にできたね。」  フローリングの床に色とりどりのシルキーサンドが落ちて行く。 「諭吉くん、ねんど落とし遊びだね。」 そこはキャンパスで、諭吉は自らデザインした大小様々な造形を表現してくれた。 固くなった粘土は霧吹きをし、こねて柔らかくする。 華絵は「せんせい、ねんどやわらかくして。」と好きなカラーの粘土を渡した。 「諭吉くん、霧吹き貸して。」 「いやっ」 「かーしーてー」 「いやー」 諭吉はフローリングに霧吹きをはじめた。 床に広がった諭吉アートは、素敵な造形美となった。 「さぁ、お片付けしようね。」 自由に遊んだ諭吉は、積極的に色分けして粘土をしまい、濡れた床を姉の華絵と拭いている。 「もう、ゆきちくんったら…。」 面倒見の良い華絵は、諭吉をいつもサポートしている。 子供達の遊びを通して、私は多くの学びをいただいています。 子供達と過ごす中で、養育とは遊戯療法であり、そこからお片付けや掃除を学びます。 私にできる事は、危険がないように見守り仲間を傷つけません様にと案じているのです。

お母さんが泣いている

 「お母さん、入院してからの面会についてどうする?」 子供の頃に見た母は、眉間にシワを寄せたり、誰も居ない部屋で泣いている姿でした。 母の独身時代のアルバムを見ると、友人や職場の仲間達と楽しそうに笑顔で写真に映っていました。 旅行先での様子や、三味線、花柳流の舞台の様子など、着物姿の母はどれも綺麗でした。 当時のファッションを見てもとても華やかでしたが、私が子供の頃の母は、化粧もせずに日常の家事に追われて子育てをしている母でした。 「お母さん、何でお化粧しないの?」と聞いたことがあります。 「お嫁にきてお化粧してたけど、こんな田舎で化粧しち、何処に行くんかえって言われたから辞めた。」と、そんな環境に不満そうでした。 父以外の周りの大人が、母にDVをしたり、母の居ないところでネガティブな発言ばかりしているのをよく聞いていました。 母は、嫁いびりにあっていました。 精神的に追い詰められた母は、うつ病となりよく体調不良を訴えていました。 周りの大人達がどんなに母を悪く言っても、母はいつも気丈でしたし、食事の大切さや作法をきちんと教えてくれました。時には、楽器を通して音楽の楽しみ方や着物の着方、日本舞踊の舞を教えてくれました。また、植物や動物を育てる喜びも教え続けてくれました。 そんな母がずっと笑顔でいてくれたら、娘の私は幸せでしたから、側にいていつも母の話しを聞くことが安心できる何よりの方法でした。 過渡期で道に迷った私を、母が担任の先生と一緒にそっと、正しい方向に進めるようにナビゲーションしてくれました。だから、今の自分がいるのだと言い尽くせないほど感謝しています。 「ことえちゃん、お母さん誰にも会いたくないわ。」 終末期、末期癌の治療で母はそんな大人達に会いたくないといい、それから面会謝絶の日がはじまったのです。

選ぶ道楽

イメージ
仕事はオフ。 家事は後回し。  松尾大社から琴きき橋跡を抜け、広沢池の景観を楽しみ蓮華畑を懐かしく思う。 走り慣れたルート。 清滝川の清流と周山街道のアーチ状の木々が好きである。 嫌われモノの背丈の揃った整列した杉の木も、圧巻する程に負けず劣らず誇らしい。 魅惑的な香りで豊満な花を咲かせたシナフジは、ライダーの目を惹きつけている。 ここでギアを落としブレーキペダルを踏みスタンドを立てた。 私の趣味のフォトは膨大な量になっている。 弓消川の川縁は、せせらぎ音とセキレイやヒバリ達のさえずりのハーモニー。 黄金色の山吹に見惚れて、押し花用に一輪… 夕陽に照らされた鱗雲を眺め、台風がいたずらしませんようにと願う。 束の間の休日を道楽に没頭できた事に感謝でございます。

 何度も時計に目をやる。だから、見るとやる気になれる時計が好きだ。 個人情報がたくさん詰まったファイルを片手に、バイアル瓶が入ったトレイを重ね目的地へ。 挨拶を交わした拍子に、バランスを崩したトレイがバイアル瓶を床に転がしてしまった。 「あっ、大丈夫ですか?」 仕事の手をそのバイアル甁に伸ばし、私に笑顔で渡してくれた。 「ありがとうございます。わたし、おっちょこちょいナースですね・・・。」 私が新米ママナースの頃、当時の婦長さんが私の働く姿を見て、「あ〜さ〜く〜ら〜!せんぱ〜い。」でお馴染みのナースだと言いその場が和んでいたことを思い出す。 【ドラマ:ナースのお仕事】 キャリアの浅いオペナース時代、衛生材料や機材を床に落として上司によく叱られた。 当時は、引力を恨んだこともあったが全て自分の不注意である。 破棄するバイアル甁を床に落とすのとは訳が違い、滅菌された清潔な衛生材料や機材は床に落とすと使用できなくなる。また高価でデリケートな機材はすぐに破損してしまう。細心の注意を払っていても、数秒の気の緩みから起きてしまう事故がある。 多くの命と向き合いながら、ドキドキしながら業務に従事してきた。 自分が選んだ道の重みを感じている。 どんな時も、ひとりでは誰かを幸せにはできない。 1つの目標に向かって仲間達との絆があってこそ得られた学びなのだと、自分の描いた夢を誇りに思っている。 小学生の頃、幼なじみと交換日記を書いていた。 互いに"かんごふさんになろうね"と約束していた。 その幼なじみも現役ナースとして活躍している。 子供の頃に描いた自分像。 それが今の私だった。

壊れた急須

 「琴絵は、お茶飲みじゃのう」 煎茶を好む娘に父は良く言った。 仕事の日は、毎朝、目覚めに煎茶をいただく。 お気に入りの桜模様の急須が、今朝、割れてしまった。 夜になって壊れた急須を見て、この急須で入れたお茶で元気に日々を過ごせたことを思い出す。 物に溢れた現代社会だけど、世界にひとつしかない大切な物が、目の前にある。その物が壊れてしまい、手放さなければならない状況が起きた時、こんな気持ちになるのだと改めて事態を受け止めている。 明日は、どんな日になるのかなぁ…。

優しい眼差し

 挨拶を交わす活気ある表情を見て、今日も1日頑張ろうと思う。 はじまりは、日常の会話で心和ませ穏やかな時が流れる。 報告や連絡相談も真剣な眼差しで、前向きに行動ができる。 いつも「ありがとうございます。」 そう言って、感謝の気持ちを忘れない。 そんな、仲間が好きです。 目の前の大切な人を優しく見守る眼差しが、誰かを幸福に導いているのかもしれない。