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体調が悪い時に思うこと

〜をしなければならない。 〜をしなくてもいい。 〜をどうすればいい。 どれを選択しても携わる人が違えば結果も違う。 あれこれ考えていると、無駄な疲労を重積したり、不必要な体調不良に苛まれる  。 何かに囚われた時、ブッタの教えを振り返る。 「執着は苦しみの根源である。」 「執着を手放すことで、人は初めて心の平安を得ることができるのです。」 「あなたが追い求めるものは、過ぎ去ったものであり、それを追い求めることでさらに苦しみを生むのです。今の自分を見つめる事が大切です。」 「その理由を知ることが本当にあなたの苦しみを解放するのでしょうか?それよりも、自分の心の中にある執着を見つめ、それを手放すことが、あなたの真の解放への道です。」 無常と縁起を理解する時、瞑想の時間を作ります。 自分の心の中にある感情や思いに向き合えば、恐れや不安に気づくのです。 孤独や拒絶が執着として現れた時、執着から解放されるための道を選びます。 私が良く行っているセラピーです。 瞑想(内観療法、自立訓練法) 目を閉じ、呼吸を整え、心の中(思想)を意識する。 深呼吸を繰り返しながら心に向き合い続け、何が恐怖で不安なのか、希望や期待をどうしたいのかをひとつひとつ見つめ直す。 心の中にある執着の根源を見つめ理解する。 その執着を手放す方法を学び、真の解放への道を歩んでいく。 執着のある幻影は、心と向き合い続けることで、次第に薄れやがて消える(忘れる)。 感情と向き合い涙を流しながらも、平穏な心を取り戻すことができる。 愚かさと煩悩に犯されていた自分を捨てると楽になれる。 執筆者 : 坂田琴絵

どんな凶悪犯でも寄り添い向き合う信念

 障害が間違った判断をする。 犯罪者達は、その事に気付いていない。 過ちを正当化したり、快楽やドラックを使い、命掛けで罪から逃れようと尽力する。 判断を間違えて罪を犯したのなら、更生する道を選べば、ハッピーライフとなり得るのだろうが、認知の歪みから、更生の道を選択する事が出来ない。 犯罪を犯す者や、路上生活者などの、平穏な生活とはかけ離れた人達は、何らかの障害を抱えている。 障害があるから犯罪を犯す。 犯罪を犯したから、障害者扱いとなる。 犯罪に巻き込まれ、苦しみから解放されたいから、ドラックを使い現実逃避する。 ドラックが無くならないのは、ブローカーを職業にしている者がいる。 向精神薬を悪用するクライアントをサポートするプロパーがいる。 何が正しくて何が正しくないのかは、見守り話しを聴いてみなければわからない。  暴力団の職業でも、実は社会に貢献する業務に従事している者も多くいる。 続く… 執筆者 : 坂田琴絵

ひとり酒の時間に

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 お酒の味はHennessyで覚えた。 祇園のカクテルバーで、ソルティドッグがお気に入りだった。(接待ですが…) アフターで若いホストが入店前に誘って来た。 「わたし、これから図書館に行くんだけど。」 「僕も一緒に行きます。」 祇園のホスト事情はよく知らないけど、その後、そのホストが務めるカクテルバーに行くことはなかった。 オールウェイズを主としたライブハウスに足を運んだ。 子供の頃に聞いた楽曲が、懐かしく元気になる瞬間が好きだった。 今夜、仕事を終え、そんな時代もあったなと余暇を楽しんでいる。 続きはまたにしようかな… 執筆者:坂田琴絵

食育

 子供の食育とは、遊びを通して様々な経験をしながら食材を育て収穫し、食を選択する知識や健全な食生活を実践できる力を養い、指導者や仲間と調理して感謝していただく事だと認識している。 自分がそんな学童期を過ごしたから、お婆ちゃんになった今でもその考えは変わらない。 田や畑で収穫された農作物を、家畜で育った命を、瀬戸内海の海産物を日々、食卓に並べて頂いてきた。 売り切れない程の野菜や果物を、腐らせてしまうお肉や、雑魚処分される海産物を、皆でシェアして互いにありがとうと言いながら頂く。 勿論、食品ロスなんてしたら、バチが当たると教わった。 農家の方が、暑い日も寒い日も田畑に出て、お米や野菜果物を作ってくださいます。 家畜農家の方が、牛や豚や鶏を育て、涙を流し出荷する光景を目にしました。 豊後水道の海流に飲まれ命を落とす漁師さんもいました。 スーパーで並んだ食材を奥から選んでいるお客さんを見ていると、そんな背景があるなんてきっと知らないんだろうなと思います。 私が人の命を助けたり、臨終に寄り添う仕事を選んで疲れ果てた時、飲食の皆さんが私の空腹と疲労を癒してくれます。 高いお金を払って、食べ切れない程の食材を、無理矢理胃袋に押し込める邪道な食育ではなく、身体にあった食事を選び、次の活動に活かす為の食事が大人の食育だとも思っています。 だから、私もそんな思いを子供達に伝えてたくて、子供食堂を開きたいとずっと思ってきました。 本当は、故郷の国東でその事業が出来たらよかったのですが、、、。 執筆者:国東市出身京都市在中 坂田琴絵

落胆

 クライアントとの会話の中で。 家族のことを思って頑張ってきた。 会社を大きくすることに頑張ってきた。 大切な人を見送って、ひとりになっても頑張ってきた。 理想通りには行かなくて、予期せぬ不運で苦しい思いをしてきた。 そんな思いは辛くて苦しくて、心の中に閉じ込めたら、悲しみが爆発して体調不良を引き起こした。 クライアントは、体調不良の原因が心の中にあることに気付いていない。 辛い記憶を辿るのは、辛い時間と向き合うことになる。 自分の感情に向き合い、その思いを受け止めることが出来れば、案外、体調不良を起こすことなく過ごせるのかもしれない。 ひとりでは難しい業も、話しやすい環境に導き、ひとりで抱えた辛い感情を誰かと共感できたら、心が楽になるものです。 執筆者:坂田琴絵

あなたを忘れるために…

 本文は裁判が終わったら書くとするか。

戦争犯罪と集団心理

 終戦から79年が経ちました。 人口の9割の国民が戦後に生まれている時代になりました。 私が育った環境での教育の中に、平和同和教育がありました。 広島・長崎原爆記念日そして終戦記念日は、夏休み期間中の登校日がありました。 戦争について学んだり、戦争を体験された方のエピソードを聞かせて頂いたりしました。 ある一冊の絵本のストーリーを、熱い日によく思い出します。 空襲警報が鳴って、両親を亡くした女の子が防空壕で動けなくなりました。 喉がカラカラに乾いているところに、避難してきた男の子が水筒に入った残りわずかな水をその女の子に飲ませてあげたのでした。 ほんのわずかな水ですが、家族を亡くし衰弱した女子を救ったのは、同年代の男子でした。 ”御為に崇高な役目を任された。” そんな言葉は、学童期のその男子にも相当していると思いました。 私は学生の頃から、渡辺淳一さんの書籍を読んでは、医学や哲学の道へ進みたいと願ってきました。 思いは叶うもので、”エ・アロールそれがどうしたの”を読んで、介護の道へ進みました。 戦争を経験された年長者様のケアは、学びの日々です。 戦争体験をした場所で違いはありますが、その当時の記憶は消えることはないようです。 ・学徒動員となり、 兵隊さんの食事を作ったり、軍服を作った。 ・飛行機の部品を作っていた。 ・東京から長野に疎開した。 ・父親がシベリアに行って母が大変な思いをして育ててくれた。 ・町中が焼け野原になって何もかもなくなった。 ・両親がいなくなって、養子になった。 ・食べる物に不自由した。 ・戦争が終わっても心の傷が残ったままで、母は衰弱して亡くなった。 ・お金がなくて学校に通えなかった。 戦争を経験している年長者様の話を聞いていると、当時の記憶が鮮明に回想されるようです。 日常では封印しているストーリーも、きっかけとなれば次々と語って下さいます。 辛い戦争を経験された年長者様がご活躍されましたから、戦後の高度経済成長と共に経済大国日本となったのです。 戦没者の方々や戦争を経験された先人の方々、現役の年長者様への感謝の念を忘れてはならないし、平和への大切さも忘れてはいけないと思っています。 いつの時代も人と人が傷つけ合うことは終わりにしたいです。 Peace on Earth ( ピースオンアースことちゃん) 終わらないのは戦争と語ったの...