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介護日誌⑦

 2014年1月15日水曜日 晴れのち曇り 少し遅めに起床したら、父が朝食の用意でお味噌汁を作ろうとしていた。 その場は父に任せて、洗濯やお風呂掃除を始めるが、何だか気分が重い。 母が入院している市民病院へ行くと、シーネ固定は外れ抜糸が終わっていた。 週に一度しか来れない整形外科の担当医に会って、お礼のご挨拶と経過を聞きたかったが、既にタイトなオペに入っていて会えず。。。仕事帰りの姉に託した。 父と2人の夕飯は共同クッキングで、父がコウイカ煮と鯵のお刺身を作ってくれた。私は、玄米を炊いてサラダを作った。 飛行機が離陸や着陸する音が聞こえなくなった頃、昭島市にいる家族にLINE電話をした。 2014年1月17日金曜日 晴れPM2.5 覚醒悪くかなり眠い。気合い!気合い!起きる! 父の好きなじゃがいものお味噌汁を作った。 朝食を済ませた父は、外出する事なくこたつでうたた寝をしている。 ここ数日、慣れない家事を積極的に手伝い少々疲労で苛立つ事もあった。 その間に、母から教わった着付け用の着物や子供達への贈り物を荷造りする。ご当地の食品は子供達にとって食べ慣れた味である。 昨日は、のんちゃん学力調査があったはずだけど、どうだったのかな…。 ヤマトの集配は顔馴染みで「帰っちょんのかえ〜・・・・・・じゃあ、お願いします。」 休息日の父のお使いでお薬手帳を預かり、母の居る病院へ行った。 シーネが外れ抜糸も終わり、入浴してすっきりした様子の母だった。 回診時、ソケイ部のリンパ腫を診てもらい、採血とCT検査を終えた。 外へお散歩へ行きたいと言う母に「お母さん師長さんが、治療に専念する為に無理しないでくださいって言ってたよ。」と伝え、売店でアイスクリームを買って、談話室でたわいもない会話で時を過ごした。 母から介護保険証を預かり地域相談室へ行き、認定調査についての書類を受け取り帰宅した。 父に母の介護認定について話すと、なかなか聞き入れて貰えず、口論となってしまった。 「もう東京に帰ってもいいの!」 父がイライラしている様子が耐えられない。あ〜もう嫌だ(涙) 2014年1月18日土曜日 PM2.5 今朝、父の調子は良くて安心。 デイサービス化したリハビリ通院は、父の元気のバロメーターである。 「お父さん、帰りにお母さんにお茶と梅干しを持って行って。」とお使いを頼んだ。 帰宅した...

おさんぽ

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ママとおばあちゃんとくつやさんにいって てんいんさんが あしのサイズをはかってくれたよ      ぼくのファーストシューズ     ひとりであるけるようになったよ ママがぼくのことをみててくれるからあんしん ママおさんぽってたのしいね

足跡

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 過去の足跡に渓谷がある。 天王亀岡線から園部能勢線をSUPERFOURで走る。 ここは、標高500メートルの高原に緑と渓谷が織りなす自然美で、国の名勝地に指定されている自然公園。 通天湖から園部川の渓流歩道を歩いていると、大きな岩や滝の落ちる様子、岩の上を流れる清流が何とも美しい。 水中に泳いでいる生き物達を見つけるのは面白い。 滝のしぶきが涼やかで初夏を忘れしまう。 落葉樹は青々と生い茂り、木陰での執筆は私の日常となっている。 滝の音と小鳥たちの語らいに聴き入り、マイボトルのレモンティーを飲みながら、父や母のことを思い出す。 父が他界してから早くも1年になる。 長い人生の中で、親孝行がどれだけ出来たんだろう… 父や母が、笑ってくれた時が一番嬉しかった。 私が子育てしながら好きな仕事をし、余暇を堪能出来るのも大切に育ててくれた両親がいたからなんだよ。 ありがとうお父さん、お母さん。 るり渓鳴瀑(めいばく)は、鳴(めい)は音を出すことで、瀑(ばく)は滝と言う意味。 滝の裏がうつろになって音を出すことから命名されだそうです。

カタルシス

 渡辺淳一さんの作品は共感できるところが多い。 エ・アロールの本に出会えたことは、私の人生を大きく変えたとも言える。 幾つになってもハッピーライフで過ごせたらなんて素敵なんだろう。 そして、そんなお手伝いができたら自分もhappy。 「先生、今度の音楽療法は何の曲にしますか?」 音楽の先生としてご活躍されてきたK先生は、新しい集団生活に戸惑いながら、これまで培われてきた居場所をお探しです。 もちろん、プライドはデリケートですから大切に大切にしています。 無くしたモノや忘れそうな記憶、出来ていた事の喜びと自信、更なる欲求。 様々な感情が重なり無意識に抑圧されたコンプレックスから、K先生は神経症症状を発症しそうです。 「皆んなが知っている合唱曲がいいです。」 「承知しました。では先生、伴奏お願いしてもよろしいですか。」 限られた時間と空間の中で、仲間が集い、参加者同士が主体的に歌い出せる環境。 コミュニケーションが弾み、コンプレックスから解放された時の年長者様の笑顔は、何よりの励みです。

娘の入学式に行かせてください

 2019年4月4日 精神病院拘束生活19日目。 限られ与えられた自由をカルチャースクールだと思い過ごしている。 常時、辛くならぬようにポジティブな妄想は回復へと導いてくれた。 心理テストが終わった。 心理テストの質問外での項目には、「本人が望んだ受診入院ではありません。家族間の事で知られたくない事が沢山ありました。親族が情報公開し、関係者が心理テストまでして介入した事を拒否出来ず無念です。これも経験と感謝しています。」 夕方、主治医に娘の入学式があるので外出したいと申し出た。 主治医は家族からのヒアリングで「妄想チックなところがあるので、統合失調症と思っているんです。外出する為には薬を飲んでもらわなければ、何もせずに病院から出す訳にはいきません。心理テストの結果は2〜3週間かかるのでそんなに待っていられません。」と回答。 「納得いきません。では私は薬を飲まなければずっと退院出来ないのですか?私に決定権はないのですか?」 「そんな事はありません。退院は保護入院なので決められませんが、服薬に関しては同意です。治療は家族生活を円滑にする為でもあります。長女さんから聞いています。以前からいろいろとあった様ですね。入院してから今まで何も問題行動はありません。いっそうの事、暴れてくれたらいいんですけど、、、。二女さんの入学式には行ってもらいたいと思います。ただ家族同伴の元でなければ、病院へ帰って来なくなるかもしれませんから。ご主人さんの都合も聞いて調整したいと思います。」 家族からのヒアリングと家族療法で、退院は早くなりそう。 4月5日 入学式の外出前泊について、夫と電話で話したと。主治医から「外泊は受け入れられない。外出も病院に戻す自信がない為、積極的な外出は望まない。入学式当日、早朝出発の16時までに病院へ戻る事。守らなければ強制的に治療を行う。その際、点滴治療を行う。現在、逸脱行動がない為、強制的に治療は行っていない。これからの家庭での生活を考えると治療した方がいい。」と繰り返し説明される。 4月9日 入学式当日 22日ぶりに帰宅したマイホームは、自分のパーソナルスペースが異空間に思えた。居心地の悪さからそそくさとフォーマルに着替え出掛けた。 桜並木が綺麗な時期なんだ。 私、今まで何してたんだろう。 娘の大事な時期に、一体なぜこんな不自由な生活をしているんだろう...

寄り添う

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 ご一緒させてください。 側でお待ちしています。 不安な事があれば教えてください。 どんな時も、あなたの笑顔が見たいのです。

介護日誌⑥

 2014年1月14日火曜日 晴れ お父さん、今日は早起き。 父の為にじゃがいものお味噌汁を作る。 その後体調が優れず、午前中は横になって過ごした。 お昼ご飯はやせうまのだんご汁(大分の郷土料理)を作った。 午後から母の待つ病院へ行く。 オペ後1週間、外出許可が出て病院近くのファミリーマートまで車椅子でお散歩。久しぶりの外出に大喜びの母の様子を見ていると、午前中の気怠さや食欲不振も忘れていた。母と一緒にアイスクリームを食べた。 実家に帰宅し、永遠の散歩に出掛けた。 他県ナンバーの車が近づいてきて「この辺りに牧場ないですか?」と尋ねられた。 家の前は自然豊かな草原だが、ここは住宅地である。住宅地なので勿論そんな牧場なんてあるはずがないけど、この草原にヤギを飼えば牧場と言えるのだろうか。雑草をヤギが食べてくれたら、草刈りの手間がなくなるのにと考えていた。 野花や雑草が四季折々に楽しませてくれるこの草原が、私は大好きであった。 草原の中心には大きなどんぐりの木が凛と育ち、そのどんぐりの木を見るたびに、子供の頃にどんぐり拾いをした事を思い出していた。 またそんな懐かしい思い出を蘇らせてくれるきっかけとなったのは、母のひと声だった。 もともとニュータウンとして開拓されたエリアで、何もない場所にいろんな植物の種が飛んできて草原に育った。 散歩好きな母が、小さな小さなどんぐりの木を見つけて、草刈りの職員さんに狩らないでと頼んだ。何年も経つと立派などんぐりの木となった。なので、帰省する度にその成長が見れて嬉しかった。 永遠とのお散歩は、思い出に浸りながら心のリハビリとなった。 お夕飯は、ビーフシチューとフレッシュサラダにしたが、食欲がなく父にひとりで食べてもらった。 家族に会いたい・・・。