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束の間のリラクゼーション

タイトな時間を過ごしているからこそリラクゼーションタイムが必要である。何かに追われている人の口癖は「休む暇がない」と言っている。時間は自ら作るものであって、忙しさに感けて心をなくしているのではないでしょうか・・・ ♪放課後の音楽室♪  VOCALOIDの奏でるハーモニーを聴きながら ブラインドカーテンから優しい光が差し 爽やかな風がカーテンを踊らせている

嵐山東公園でした

~2016年5月【ヤプログ!Peace on Earth ことちゃん】に書いた~ 動物愛護法 子:猫飼っていい? 母:〇△□!動物愛護団体って知ってる?アニマルセラピーから得られることを原稿用紙に述べなさい。 子:了解!    この親子の会話は、近隣の公園で捨てられてしまった命を娘が救いたくて母に投げかけたメッセージです。 当時12歳の娘はアニマルセラピーについて調べ、母の私にレポートを提出したのでした。 今もなお、捨てられた命を目にしています。

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この手と この足の 成長が見れるって 幸せなことなんだよ

浄土へのお見送り

お棺に納められた父の亡骸は、はじめて見る痩せ細った姿であった。 激動の時を過ごしてきた日々と、受入れがたい事実の中で、今は目の前で起きている事実だけに向き合う事に務めた。 「お父さん、浄土へ道に迷わず、お母さんの所へ行ってね。」 絶やさぬ火に念じながら、一夜を過ごした。 出棺の時、父は母がこよなく愛した蘭やカサブランカを胸に抱き、お棺の蓋が閉じられた。 霊柩車が出棺する時のクラクションの音は、更に父の死を受け入れるタイミングとなった。 霊柩車は海の見える物静かな道を走る。 スケジュール通りに用意された部屋で、父の亡骸に点火する。 シルクロードが流れる収骨室で、変わり果てた父の姿を目にし、これで父との二人三脚が完全に終わったと確信した。 今、私が見ている遺影はいつも前向きに生きた父と母の姿である。 お父さん、お母さん、育ててくれてありがとう。 喜多郎:シルクロード https://www.youtube.com/watch?v=oU7JWTtJaL4

突然すぎる死

今日も一日最善を尽くし、ほっと一息の時間。 家族からの電話は、父の死の報告であった。

出稼ぎフライトナース

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2014年の年明けから実母の末期癌治療の看病が始まった。当時、小学5年生の娘を大分の母校に転入させての事であった。夫は関東で単身赴任、長女は進学で京都での生活が始まった。 母の状態が安定してきた2014年6月から、天職だったナースに復帰する。もともとナースだけどフリーターだった私は、住み慣れた東京と京都で派遣ナースとして業務に従事することになる。LCC(格安航空機)を利用し、単発・短期で救護・介護等の職務を全うし帰省していた。父の介護と母の看病で疲れた身体にムチを打ち、夫と長女の安否確認やメンタルコントロール維持を目的とし、派遣ナースの仕事をしていた。 故郷にこんな都合の良いフリーランスナースの受け入れがあれば出稼ぎナースをしなくてすんだのだが、ボランティア精神の強いエリアでは単発ナースの受け入れは厳しかった。 派遣ナースの業務の中に、ツアーナースという業務があり、移動教室・自然学校・教育旅行に添乗することがある。救護を主とし、行程の中にある活動に参加することもある。一番多いのが、ハイキングやトレッキング登山である。イベントに参加されているクライアントの救護も当然だが、道中脱落脱線しないようにそっと見守ったり支えたり応援したりすることも多かった。目標に向かって頑張る子と子達を指導する指導者のサポートができ、無事に業務が終了し皆が笑顔になるその瞬間が嬉しかった。 家族がバラバラになり辛い看病と介護も、そんな多くの笑顔があったから頑張ってこれたのである。       つづく

一緒に行こう

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子供の頃、遠足の前日はワクワクしたものだ。明日のお天気どうかな?てるてる坊主作って晴れますようにってお祈りしよう。持って行くおやつは何にしようかな‥ 『明日子供の遠足なのよ、お弁当どうしよう』 誰かの為に作るお弁当や共に分かち合う時間を楽しみにしての企画。 大草原と凜とした木々。木陰で過ごした時間はあの頃の自分と何ら変わっていない。 シャボン玉・ボール投げ・読書・内緒のお喋り・・・ 重なり合う新緑の葉から木漏れ陽が眩しく優雅であった。 芝の上でうたた寝する私をそっと見守ってくれたのは、大切な仲間達。 お母さん、いつも素敵な仲間が側にいてくれるんだよ。 ほほえみ マザーテレサのことば この世で一番美しいことは 神様が私達を愛してくださるように 私達も互いに愛することです 私達がこの世にいるのも この目的のためです 子供は神様のおつくりにになったもの この世への 国への 家族への 神様の一番美しい贈り物です 人間のほほえみ人間のふれあいを忘れた人がいます これはとてもとても大きな貧困です 祈りは澄んだ心を与えてくれます 澄んだ心は神様をみることができます 神様を見ることができたら愛が始まります 愛は私達のなしうるわざの量では測れません 愛はわざの中に注ぎこまれた愛の量 痛むまで愛するその愛の量でしか測れないのです 私達は忙しすぎます ほほえみを交わす暇さえありません ましてや愛を与えたり受けたりする 暇はないという状態です 一切れのパンではなく 多くの人は愛に 小さなほほえみに飢えているのです 貧困をつくるのは神ではなく 私達人間です 私達が分かち合わないからです 私達は何とかして知らなくてはなりません 言葉ではなく実際の行いの中で どのように愛することができるのかを 神の愛の輝きとなるためには 祈りが必要です 拒絶され、見捨てられ愛されていないという 宿なしの人たち その人達に奉仕するのが 私達の仕事です 私は皆さんに祈ってほしいと思います 目をあけて貧しい人々を見 愛することができるように 貧しい人々を知るようになれるのは 神様の贈り物です