毎日が娯楽の方がいい
今も昔もストレス社会です。
それは何故かって?
戦争体験者の子孫は、心的外傷を負った両親から育てられました。
負の連鎖は子孫に反映します。
だから今も終わらないのです。戦争が、、、
父は、昭和17年に生まれました。
母は、昭和18に年生まれました。
両親は、第二次世界大戦の真っ只中、田舎の地主の家系で育てられました。
先祖の曾祖父は立派な軍服を着て写真に残っていました。
祖父からその話しをよく聞かされていました。
立派な人であった事、そして祖父が私に日々歴史を語ってくれました。
息子の父が坊ちゃん育ちで甘やかされて育って、母に苦労をかけている事を悔やんでいました。
甘やかされて育った父は、私を甘やかして育ててくれました。
私にとって祖父はエリートな祖父でした。
父もそんな祖父によく似ていました。
大衆と交わることは好まないけれど、気の知れたファミリーとの団欒を楽しみにしていました。
私は祖父と過ごす会食が好きでした。
とても優しい祖父でしたし、祖父と過ごす両親がとても穏やかでしたから、家族の会食は癒しの時でもありました。
私は介護の世界に長くいます。
時々、優しかった祖父を思い出します。
そして。祖父にもてなす母を思い出します。
「悦子が作った料理がうまい。」と喜んで食べている祖父が好きでした。
母はそんな最中に、嫁いびりにあったのかもしれません。
厳しい環境で生活を強いられた母は、私に厳しかったかもしれません。
一つの事柄をきちんと丁寧に最後までやり遂げることを言い続けました。
娯楽があった方が人生楽しいでしょ。
不平不満愚痴悪口なんて、聞かない方がいいでしょ。
嫌な事を目にしたり聞いたりする時間は、極力避けてひとりで過ごしました。
気分が良くなる音楽を聴いたり歌ったり、詩や絵を書いて過ごしました。
料理を作って食卓に並べると、父も母も喜んでくれました。
嬉しくて何でも作りました。
そんな時間を過ごしながら大人になりました。
それが、集団認知行動療法を学ぶきっかけになったのでしょう。
公衆の面前で演説できるようなキャラではないのですが、携わる方々が少しでも穏やかであり安楽であれば、私自身がハッピーなのです。
不思議とハッピーは伝染します。
実感していましたから"携わる方々にハッピーライフのお手伝い"と、ブログのタイトルにしました。
"まごころこもったおもてなしとお手伝い"を習慣にしていたら、周りが自然とプラスの力に働くものです。
それを集団認知行動療法だと、自分勝手に思っています。
執筆者:坂田琴絵
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