いろんな私と本当の私

 「あらっ奥さん」なんて呼ばれることもあった。

今は「坂田さん、坂田ナース」と、呼ばれることが多い。

生まれた時は名前がなくて。

両親が素敵な名前をつけてくれて。

「ことちゃん、ことえちゃん」って、呼ばれて育った。

成長して「琴、琴絵」って、呼ばれて。

もう少し成長して「藤井くん、藤井ナース」って、呼ばれて。

そのうち「ママ、お母さん」って、呼ばれて。

子育てしてると「はなちゃんママ、かのんちゃんママ」って、呼ばれて。

はじめましてで「奥さま」と、呼ばれて。

気がついたら「おばあちゃん」なんて、呼ばれてた。

気の合う仲間との職場で、同じ年頃の同僚と「お婆ちゃんになったらお世話してくださいね。」

「私をお世話してくださいよ。」

「お互いにお世話しあったりして、看護師だからうるさいのよ。」

「老々介護ですね。」

なんて話しをしていると、老後の心配も楽しい計画となるのです。

残業で遅くなった帰路のバスの中は、ゆりかごのようで眠りを誘います。

終点に着いたら、運転手さんが「お客さん、終点ですよ。」と、声を掛けてくれることもあります。

桂坂のバス停で下車して、ほんの少しの距離を歩く足取りが重く感じます。

誰も待っていない家へ帰るって、こんな気持ちなんだと、つくづく感じます。

玄関のドアを開けると「たいが、さくら」と、心の声が漏れてきます。

「ママ、お土産は?」

「ママ、ごはんできてるよ。」って、家族の声が聞こえてきそうです。

蛍光灯の音だけが聞こえてきます。

今夜は、作り置きしたおばんざいをお供に、薔薇の花びらが彩るワインで余暇を過ごしました。

ネット配信の動画を見てひとりで、笑ったり、泣いたり、感動したりしています。

冷えた身体を暖かなお湯で温めて、スローテンポのメロディーに耳を傾けていたら、今朝、目覚めてから緊張していた自分が、楽チンな自分に変わっています。

照明を落とした空間で、1日を振り返ります。

そして、明日のスケジュールを確認します。

翌朝、予定通りに目覚めて、"元気に出掛けることが出来れば良し"としています。

ひとり暮らし、52才のライダーおばあちゃんは、セラピストナースでした。

いつかどこかでお会いできる日を楽しみにしています。

執筆者: 坂田琴絵

        本日の夕食



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