他人を救えても自分は救えない
両腕をロープで縛り、手足を釘で打たれ、十字架に架けられた。
馬泥棒の濡れ衣を着せられて、ローマ帝国に処刑された。
私は、イエスキリストではない。
だけど、襲い掛かるフラッシュバックが起きる時、十字架に架けられたイエスを思い出す。
槍で心を刺されている私は、イエスキリストの様に死んでしまうのかと、聖書を振り返る。
濡れ衣と思える誤診で、理不尽な理由で、鍵付きの部屋に監禁拘束された時の事を鮮明に思い出す。
心身共に、全く安心安楽とは言えない環境の中で、3日間過ごしたのだから、心的外傷を負って当然だと思う。
涙って枯れることはない。
どんなに悲しんでも苦しんでも怒っても、事態は何も変わらない。
私は統合失調症ではないと主張しても、事態は何も変わらない。
入院から5日目。
統合失調症の患者さんから、「また、拘束部屋に入れられない様に、おとなしくしておいた方がいいよ。」とアドバイスをもらった。
職業柄、躁鬱や統合失調症、認知症等の疾患で、妄想の強い方のケアに携わる事があった。
本人の思いと現実にズレがあるが、本人にとっては現実であり妄想だとは思っていない。
なので、自分は精神病だとは理解出来ていないクライアントもいる。
そんな事を思い出しながら、じゃあ私もそうなのかな?
いやそうじゃなくて、家庭不和による濡れ衣の偽りの病名?
だとしたら、私、詐欺?
いや違う違う! ややこしい…。
あった事実と自分の思いを主治医に話せば、「そんなこと言ってるから統合失調症って言われる。」となかなか聴き入れては貰えない。
やっぱりここは時間経過で、おとなしくしてた方がいいんだなと、それらしく努めた。
ある日、食堂で、車椅子に座った患者さんが、「誰か、〇〇して〜」と大きな声で叫ばれていた。
無意識なんだろう、私は、その患者さんの隣りに座って「どうされました?」と話し込んでいた。
後になって、若い女性の患者さんから、「坂田さん、すごいな、よく相手できるよなぁ。」と感心された。
ん?ふつう患者さんの要望は聞かないの?だって、困ってるのに、ほっとけないよ…。
誰かの為に最善を尽くす事を喜びとしていたが、結果、自分の置かれた身は、どうする事もできないと、精神科病棟での物語りのスタートとなった。
まだまだ続く…

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