泣いたり笑ったりが育てたスキル
同じ目標を持って、仲間と共感し、達成出来たら自然と笑顔になります。
「お母さん、おはよう。今日はよく晴れてるよ。庭のサルスベリと芙蓉の花がたくさん咲いてたよ。」
「お父さんは花に水をあげてるの?」
そんな会話をしていた7年前のこと。
母は末期癌で余命数ヶ月と診断され、私は東京生まれの小学5年生の娘を故郷へ連れて行き、介護生活がスタートしました。
戦争で実母を亡くした母は、勤労学生を糧に自分の夢を実現していました。
養父母は、芸達者となった母の居る置屋へ出向き、お見合いを勧めました。
当時は晩婚と言われ、父と結婚した母は芸妓あがりという経歴だけで、派閥に合っていました。
そんな大人達は、本当の母の優しさや強さを知らずにして、集まればその娘に平気で罵声を浴びせました。
どんなに頑張っている人でも、どんなに努力している人でも、人は自分の価値観でその人を評価する事があります。
娘から見た母は辛そうな時が多かったけど、いつも気丈に振る舞い、我が子の健康と成長をサポートしてくれました。
余命幾許もない事態に置かれ、そんな母に寄り添いたいと言う気持ちは当然でした。
開腹手術後の縫合不全で、露出した臓器と一緒にデブリードマン(傷口を洗浄して綺麗にする)の処置が続く日々のことです。
「お母さん、具合はどう?傷、痛くない?」
形成外科の担当医が、傷口を擦りながら生理的食塩水で洗い流す際は、激痛の表情で「いたいぃ〜、うぅ〜。」と繰り返しながら、私の手を強く握り締めるのでした。
そんな辛い処置の時に、側にいて少しでも安楽になってもらえたら嬉しかったのです。
だけど、付き添って病院から父の待つ実家に戻る車中では、涙が止まらず、こんな顔で帰宅すればまた父が心配するからと、別府湾を眺めながら涙が枯れるのを待ったものです。
流した涙と笑顔とが、私の人生のスキルアップとなり、携わる方々へ、少しでも平穏をお届けできたら幸いだと感じる今日この頃であります。
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