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遊戯療法

華絵ちゃんなにして遊ぶ? これがいい。あれしよう! 積み木・レゴブロック・お絵かき・制作・ごっこ遊び・ボール遊び・手遊びや歌・運動遊び等など。 子供達の遊びは日常で、遊びが仕事なのかもしれない。 成長とともに遊び方も変化し、これまで出来なかったことに興味関心を持ち、自ら率先して新しい遊びにチャレンジする。 コミュニケーションが上手く取れなくても、遊びを通して信頼関係を構築し、子供達の欲求を軽減することが出来る。 育児や養育に携わり、養育者として心がけてきたこと。 ・選んだ遊びを否定しない。 ・親としてとか大人として遊ぶのではなく、その子と同じ目線で見守ったり遊んだりする。 ・危険なことや他者が不快にならない許容範囲内で、その子の自我を出せる雰囲気をつくる。 ・子供の感情を察知し、良い場面のみオウム返しをする。 ・遊びや行いに対して、片付け等の責任を持たせる。 ・やる気を引き出し、その行動を共感する。 ・子供の成長とともに、自身も成長していると認識する。 ・この子がいるから今の自分がいると感謝を忘れない。 エリクソン:[理解ある大人から保護的承認を受けて、子供は遊びを演じ尽くすことが、子供が許されている最も自然な自己治療の方法である。]

合わせ鏡

母親歴25年になるが、自分は我が子に対してネグレクトをしているのではないかと、不安になることがある。 自分の育児に自信がなくなる度に、参考文献に目を通してみたり、経験者と共有し合ったりしてきた。 何処にも正解などなく、ただただ、その子の姿こそが正解なのだとつくづく思う。 仕事や家事に追われ疲れ果てた身体で育児をしていたら、叱らなくてもいいのに余計な一言を言ってしまったり、子供がママに話したいことがあるのに、話せない雰囲気にしていたりと、反省することも多かった。 今では、母より大きくなった我が子を見て、[人の振り見て我が振り直せ]と自分に言い聞かせている。 参考文献:★子育てハッピーアドバイス / 明橋大二先生 ★子供が育つ魔法の言葉 / ドロシー・ロー・ノルト博士 ★発達心理学 / 林洋一先生

フォーカス

内観療法で意識することがある。 自分を取り巻く環境の中で、家族・仲間・仕事、それが上手く調和されていることで自分の居場所が安定していることに気付く。 { 【”It”それと呼ばれた子】 諸者: デイブ・ペルザー / 通訳:田栗美奈子} 「なぜ、ぼくだけがこんな目に?」母親に名前さえ呼んでもらえない。 "That  Boy”(あの子)"から、ついには”It(それ)”と呼ばれるようになる。 食べ物は与えられず、奴隷のように働かされる。身の回りの世話はおろか、暴力を振るわれ、命の危険にさらされ、かばってくれた父親も姿を消してしまう。 「ぼくには、どこにも居場所がない」すさまじい虐待から逃れ、ようやく子供らしくのびのび暮らせると思えた里子としての暮らし。 しかし、そこでも数々の試練が待ち受けていた。 母親から離れてもなお恐怖にさいなまれ、それでも母親に愛されたいという思いに心を揺さぶられる日々。 学校や少年院での辛い出来事や世間の偏見の目にさらされながら、それでも希望を捨てずに自分の生き方を探し続ける。 カリフォルニア州史上最悪と言われた児童虐待の体験 者が、自ら明かす少年の記録。 児童虐待の体験者がその記憶をたどるには、きわめて苦痛と困難を伴うものだ。 幼児期のトラウマを乗り越えて自らつづった、貴重な真実の記録である。

家族の力

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お母さんちょっと出掛けてくる。 やらなければいけなこと、やりたいこと、色々あるけれど・・・ 自分にとって一番Happyな道を選べば、好きなバイクに乗って水辺に行くことだった。 胸につかえた大きな塊を取り除く時、故郷の波の音が助けてくれた。 暖かい人情と温泉が癒やしてくれた。 ここにも第二の故郷がある。 お母さん、からあげ作っとくよ。 のんちゃん、いつもママを助けてくれてありがとう。 鴨川 荒神橋 ヒステリー球 興奮や激情により感情が変わること。 喉の奥に何かが当たっているような感覚のことで、球(たま)のようであるので ヒステリー球と呼ばれている。食べ物を飲んだり食べたりする際にはその感覚は和らぐ。 ヒステリー球はストレスや不安や抑うつ状態から誘発される。 心的外傷経験などでも同様にストレスがヒステリー球を感じるようになる。 ストレス・不安感・抑うつ状態を除くためには、セラピーや認知行動療法などが有効である。

離れていても側にいるよ

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暴露療法

クライアントの振りしてたなんて・・ ベランダのハーブがすくすくと成長している。 赤ワインの入ったデカンタにストロベリーミントの葉を入れ、今夜もひとりの時間を楽しむ。 テーブルに置かれた画面からwindowを開くとブログの投稿ページ。 何を書こうかな・・・ 公開日記も、手帳に書かれた日記も、携帯やPCのメモに書かれた日記も、すべて私の記録。そして執筆[嘘か誠か誰も知らない真実] 言ってはいけないこと、暴露してもいいかな。

buddy ~私のバディは貴方~

バディとは相棒のことで、基本的には歩兵や警察特殊部隊など、単独行動が許されない状況下でツーマンセルを組む相手を指す。 日本においては性別問わず友人・仲間の二人組の一人を指す場合もある。 私は仕事にしても何らかの活動にしても、常々バディを意識していることが多い。 二人三脚だし、二人乗りだし、リレーだし、キャッチーボールだし・・・ 何とか足並みを揃えて、上手く業務が遂行出来るように努めるものの、歯車が合わないことだって沢山ある。 気の合う仲間がバディであり救い主となる。 親善大使だもの。 「頑張れ」より「我晴れ」 名言、ずっと大切にしています。 ありがとう